超B(L)級 ゾンBL - 君が美味しそう…これって○○? -
2章:エナジー・ドリンク - 6 -
八月二十四日。十日目。東京。渋谷。
唯一機能していた放送基地も潰えて、文明社会は、情報を伝える手段の殆どを失った。
僅かに生き延びた人は、地下や海上に身を顰めて戦々兢々 としている。
地上は地獄だ。不死感染者達に支配されてしまった。
この数日間で、広海とレオは、新しいアジトを可能な限り整えた。
例えばフロントと階段にカメラを設置し、部屋からモニターで監視できる設備を整えた。
屋外は主にレオが、室内設備の方は広海も手伝い、試行錯誤しながら三十六インチ、二十七インチのモニタ三つに、八箇所のライブカメラ映像が映されると、二人は会心の笑みをかわした。
レオは、ゾンビよりも生存者を警戒していた。
フロントには夥しいゾンビが屯 しているので、人間の侵入は難しいが、それでも階段や窓にトラップを仕掛けるのに余念がなかった。
彼はまた、そうした仕掛けのために、ビルの窓、通気口、扉の位置を記した図面を引いた。その精度は凄まじく、秘密組織に属する工作員よろしく、盗聴器や罠を仕掛けるのに最適な、天井の梁 、キャビネットの隙間、床なども細かく記していた。
こうした調査は、広海も嬉々として手伝った。
戦闘は無理だが、工作は楽しい。ふざけて、無駄に格好いい(?)作戦名をつけたりもした。
扉の数をかぞえる――オペレーション:ドアチェック。
カメラを設置する――オペレーション:ライブカメラ。
全フロアの非常階段の扉の鍵がかかっているか調べる――オペレーション:オール・ニード・キー・ロック。
……云々。
くだらない響きを楽しみ、二人で腹を抱えて笑ったりした。頭にオペレーションとつけるだけで、何でも格好よく響くから不思議なものだ。
生活物資や喰料は、ホテル内のレストランやカフェ、喰料雑貨店等から、保存のきく喰料を調達している。
都会は特に、消費社会の恩恵に預かりやすい。少し歩けば、欲しいものは大抵手に入る。
とまぁ、なんだかんだ、うまくやっている。少なくとも表面上は。
無論、心の傷が癒えたわけではない。
少なくとも広海は、殆ど毎晩のように悪夢を見る。自分の悲鳴で目が醒めることもあるし、心配したレオに揺り起こされることもある。
目醒めた直後は、心臓が煩いほど鳴っていて、夢と現 の区別がつかなかったりする。ここは六十三階のホテルの一室だと認識して、ようやく安堵に胸を撫でおろすのだ。
日中、レオと笑っている時は平気だと感じられても、眠りに落ちると、人生で最悪の瞬間と恐怖を味わう嵌めになる。
恐らく、広海に限った話ではないはずだ。どこかで生き残っている人は全員、夢見に苦しんでいることだろう。
この日も、広海はじっとり汗をかいて目が醒めた。
隣を見れば、レオは静かに眠っている。
時刻は午前二時を過ぎたばかり。逡巡し、静かに、音を立てぬようベッドをおりると、そのままバルコニーにでた。
世界は全き暗闇に沈んでいる。
眠らない街と謳われた渋谷は、巌 のように静まり返り、灯火の一つもない。
このホテルはレオのおかげで電気が使えるが、殆どの地域では、大規模停電の後、復旧されずにいる。数日前の雨で、放置されていた火災も全て鎮まった。
街灯の一つもないから、自分は今、秘境か山奥にでもいるんじゃないかと錯覚しそうになる。
しかし、太陽がでていたとしても、高所からの眺望が、絶景とは程遠いことを知っている。
寂然 とした無人の渋谷……積み重なる車、それらの合間を幽鬼のように徘徊する不死感染者達。
悪夢がそのまま現実になったとしか思えない世界が拡がっているのだ。
何もかもが一変してしまった。
仮に、今見ている現実世界が夢で、あの平和な日常が現実なのだとしても、邯鄲 の夢のように、目が醒めた後に元の自分でいられる自信はなかった。
ついこの間まで、自分の将来にたっぷり時間があると思っていたのに、今は終焉に向かってカウントダウンが始まっている。
夜明けには程遠いな……ぼんやり思っていると、隣にレオがやってきた。
広海は暗闇を見据えながら、口を開いた。
「生存者は、あとどれくらい残ってますかね……」
「もう東京にはいないかもな」
「……」
広海はため息をついて、夜空を仰いだ。
世界から電気が消えて、驚いたことがある。
銀河澄明たる東京の星月夜。
東京の空に、無数の星が瞬いてる。神秘的な天の川が、無限の宇宙に拡がっているのだ。
「……星って、こんなに見えるものなんですね」
広海はぽつりと呟いた。
「東京とは思えないよな」
そういってレオは電子煙草を吹かした。紫煙が熱気を孕んだ夜風に流されていく。
「天の川って本当に見えるんだ……プラネタリウムでしか見れないと思ってた。なんだかCGみたい」
「CGだよ」
レオが平然と肯定するので、広海は思わず吹きだした。
「マジッスか?」
「こんな綺麗な星空が、現実なわけないじゃん」
「確かに~。下の世界は見るのも恐ろしいけど、空は綺麗ですね」
沈黙が流れた。ふと広海は疑問を抱いた。
「……地球にはいいことなのかなぁ。人間がいなければ、工場もない。戦争もない。汚染もない……空だって、こんなに綺麗に見えるんだ」
「最終的にはそうかもな。だけど、そうなるまでの過程で、汚染され尽くされるんじゃね?」
「どうしてですか?」
「無人の工場はいつか故障して、爆発や火事が起きて、メルトダウンするだろ。そうなったら、地上は数百年に渡って汚染されるんじゃねーかな……そうしたら、生態系も狂うだろうな」
「確かに……でも、その後は?」
レオはちょっと考え、こういった。
「さァ、美しい星に生まれ変わるんじゃねーの?」
「……」
地球にとっては、その方が素晴らしいのかもしれない。
そう思った次の瞬間には、威嚇めいた、強い怒りが胸に湧き起こるのを感じた。
地球にとっての幸せ?
知るか。
知ったことか。
誰がなんといおうと、あの日常が恋しい。
家族が恋しい。学校が恋しい。渋谷の喧騒が恋しい。
排気ガスと大気汚染、その他諸々の大都市の排泄物に塗れていたとしても、あの日常が恋しい。
言葉ではいい尽くせぬほど、狂おしいほど、あの平穏な日常が恋しい。
欠点だらけでも素晴らしい世界だ。特別じゃない、ごくありふれた毎日こそ、人生の真理そのものだ。青春の輝きに満ち溢れていた。
こんな風に、理不尽に奪われていいはずがない……運命は意地悪だ。
なんともやりきれない思いでため息をつく。項垂れる広海の頭を、レオは、労るように撫でた。
しばらく二人とも黙って、ただ夜空を眺めていた。
唯一機能していた放送基地も潰えて、文明社会は、情報を伝える手段の殆どを失った。
僅かに生き延びた人は、地下や海上に身を顰めて戦々
地上は地獄だ。不死感染者達に支配されてしまった。
この数日間で、広海とレオは、新しいアジトを可能な限り整えた。
例えばフロントと階段にカメラを設置し、部屋からモニターで監視できる設備を整えた。
屋外は主にレオが、室内設備の方は広海も手伝い、試行錯誤しながら三十六インチ、二十七インチのモニタ三つに、八箇所のライブカメラ映像が映されると、二人は会心の笑みをかわした。
レオは、ゾンビよりも生存者を警戒していた。
フロントには夥しいゾンビが
彼はまた、そうした仕掛けのために、ビルの窓、通気口、扉の位置を記した図面を引いた。その精度は凄まじく、秘密組織に属する工作員よろしく、盗聴器や罠を仕掛けるのに最適な、天井の
こうした調査は、広海も嬉々として手伝った。
戦闘は無理だが、工作は楽しい。ふざけて、無駄に格好いい(?)作戦名をつけたりもした。
扉の数をかぞえる――オペレーション:ドアチェック。
カメラを設置する――オペレーション:ライブカメラ。
全フロアの非常階段の扉の鍵がかかっているか調べる――オペレーション:オール・ニード・キー・ロック。
……云々。
くだらない響きを楽しみ、二人で腹を抱えて笑ったりした。頭にオペレーションとつけるだけで、何でも格好よく響くから不思議なものだ。
生活物資や喰料は、ホテル内のレストランやカフェ、喰料雑貨店等から、保存のきく喰料を調達している。
都会は特に、消費社会の恩恵に預かりやすい。少し歩けば、欲しいものは大抵手に入る。
とまぁ、なんだかんだ、うまくやっている。少なくとも表面上は。
無論、心の傷が癒えたわけではない。
少なくとも広海は、殆ど毎晩のように悪夢を見る。自分の悲鳴で目が醒めることもあるし、心配したレオに揺り起こされることもある。
目醒めた直後は、心臓が煩いほど鳴っていて、夢と
日中、レオと笑っている時は平気だと感じられても、眠りに落ちると、人生で最悪の瞬間と恐怖を味わう嵌めになる。
恐らく、広海に限った話ではないはずだ。どこかで生き残っている人は全員、夢見に苦しんでいることだろう。
この日も、広海はじっとり汗をかいて目が醒めた。
隣を見れば、レオは静かに眠っている。
時刻は午前二時を過ぎたばかり。逡巡し、静かに、音を立てぬようベッドをおりると、そのままバルコニーにでた。
世界は全き暗闇に沈んでいる。
眠らない街と謳われた渋谷は、
このホテルはレオのおかげで電気が使えるが、殆どの地域では、大規模停電の後、復旧されずにいる。数日前の雨で、放置されていた火災も全て鎮まった。
街灯の一つもないから、自分は今、秘境か山奥にでもいるんじゃないかと錯覚しそうになる。
しかし、太陽がでていたとしても、高所からの眺望が、絶景とは程遠いことを知っている。
悪夢がそのまま現実になったとしか思えない世界が拡がっているのだ。
何もかもが一変してしまった。
仮に、今見ている現実世界が夢で、あの平和な日常が現実なのだとしても、
ついこの間まで、自分の将来にたっぷり時間があると思っていたのに、今は終焉に向かってカウントダウンが始まっている。
夜明けには程遠いな……ぼんやり思っていると、隣にレオがやってきた。
広海は暗闇を見据えながら、口を開いた。
「生存者は、あとどれくらい残ってますかね……」
「もう東京にはいないかもな」
「……」
広海はため息をついて、夜空を仰いだ。
世界から電気が消えて、驚いたことがある。
銀河澄明たる東京の星月夜。
東京の空に、無数の星が瞬いてる。神秘的な天の川が、無限の宇宙に拡がっているのだ。
「……星って、こんなに見えるものなんですね」
広海はぽつりと呟いた。
「東京とは思えないよな」
そういってレオは電子煙草を吹かした。紫煙が熱気を孕んだ夜風に流されていく。
「天の川って本当に見えるんだ……プラネタリウムでしか見れないと思ってた。なんだかCGみたい」
「CGだよ」
レオが平然と肯定するので、広海は思わず吹きだした。
「マジッスか?」
「こんな綺麗な星空が、現実なわけないじゃん」
「確かに~。下の世界は見るのも恐ろしいけど、空は綺麗ですね」
沈黙が流れた。ふと広海は疑問を抱いた。
「……地球にはいいことなのかなぁ。人間がいなければ、工場もない。戦争もない。汚染もない……空だって、こんなに綺麗に見えるんだ」
「最終的にはそうかもな。だけど、そうなるまでの過程で、汚染され尽くされるんじゃね?」
「どうしてですか?」
「無人の工場はいつか故障して、爆発や火事が起きて、メルトダウンするだろ。そうなったら、地上は数百年に渡って汚染されるんじゃねーかな……そうしたら、生態系も狂うだろうな」
「確かに……でも、その後は?」
レオはちょっと考え、こういった。
「さァ、美しい星に生まれ変わるんじゃねーの?」
「……」
地球にとっては、その方が素晴らしいのかもしれない。
そう思った次の瞬間には、威嚇めいた、強い怒りが胸に湧き起こるのを感じた。
地球にとっての幸せ?
知るか。
知ったことか。
誰がなんといおうと、あの日常が恋しい。
家族が恋しい。学校が恋しい。渋谷の喧騒が恋しい。
排気ガスと大気汚染、その他諸々の大都市の排泄物に塗れていたとしても、あの日常が恋しい。
言葉ではいい尽くせぬほど、狂おしいほど、あの平穏な日常が恋しい。
欠点だらけでも素晴らしい世界だ。特別じゃない、ごくありふれた毎日こそ、人生の真理そのものだ。青春の輝きに満ち溢れていた。
こんな風に、理不尽に奪われていいはずがない……運命は意地悪だ。
なんともやりきれない思いでため息をつく。項垂れる広海の頭を、レオは、労るように撫でた。
しばらく二人とも黙って、ただ夜空を眺めていた。