RAVEN
- 20 -
ふと目が醒めた。まだ暗い。空はうっすら白み始めているが、夜明けの光はまだ部屋のなかには届いていない。
昨日は何度身体を重ねたか知れない。昼間から三回も立て続けに達して、そのあと一緒にシャワーを浴びて……夕飯を食べて仮眠をとったあと、まだベッドに戻り……最高だった。
これまでの朝とは全く違う気分だった。
世界が塵一つなく澄みきって見える。
濃厚に愛を交わしたあとで身体は気だるいが、心は明るく弾んでいる。隣で眠っているレイヴンを見ていると、胸の奥がじんわりと暖かくなる。
なめらかな頬を撫でると、そっと瞼がもちあがり、青碧 の瞳が流星を捕らえた。彼は流星の手をとり、指の一本一本にキスをした。
「お早う、流星さん」
青い瞳が優しい月のように細められる。幸せを噛みしめながら流星はほほえんだ。こんなに甘い朝は、初めて迎えたかもしれない。
「お早う……」
レイヴンは流星に覆い被さり、唇を塞いだ。笑いながら、啄むような口づけを繰り返す。
「ああ、夢みたいだ……流星さんが好きです。出会った時から、僕は貴方に夢中なんです。どうか、これからも一緒にいてください」
彼は魔法のように、何もないところから指輪を出現させた。刻印の入った指輪 だ。
「メリー・クリスマス、流星さん」
流星の手をとり、小指にそっとはめた。まるで婚約指輪のようだ。
「レイヴン、これ……」
スクエアにブラックダイヤモンドが敷き詰められた指輪は、繊細なきらめきを放っている。中央に流星のイニシャルが入っており、円環の内側に、レイヴンのイニシャルが刻まれている。
「小指なら、つけやすいかなと思って。うん、よく似合っていますよ」
「なんていったらいいのか……」
「僕の恋人になってくれますか?」
「……本当に、俺でいいの?」
その口調から、受け入れられていることを感じ、レイヴンは全身の緊張を緩めた。
「流星さんがいいんです。流星さんしかいらない」
唇を戦慄 かせながら、流星は悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「例年春になると、花粉症に苦しめられるんだ。ぐしゃぐしゃな顔で、ずっとマスクしているんだぞ」
「最高の空調を入れてあるから、この邸の中では快適に過ごせると思いますよ。それに、ぐしゃぐしゃになっても僕が介抱してあげます」
「よく見ろ、俺だぞ」
「うん、素敵ですね」
「視力いくつだっけ?」
レイヴンはくすっと笑った。
「両目とも裸眼で、一.五はありますよ」
「めっちゃいいな……じゃあ、審美眼が死んでるのか」
「芸術家に向かっていう台詞じゃないなぁ。流星さんを一目見て恋に落ちたんだから」
「嘘つけ」
「本当です。貴方に魅力的でないところなんて一つもありません」
疑惑の眼差しを送る流星を見て、レイヴンは真剣な目をした。
「僕の絵を見つめている流星さんを見た瞬間に、ああ、この人だ……って閃いたんです。貴方は僕の霊感の全てです」
神聖な誓いのように、レイヴンは、指輪の上に唇を押し当てた。
その瞬間、一粒の涙が流星の頬を流れ落ちた。レイヴンは優しく指でぬぐうと、
「……嫌でした?」
「そう見えるか?」
「どうかな、泣いているから」
流星は新たな涙が両目に盛りあがるのを感じた。
「嬉しいんだよ! すごく……あ、ありがとう」
好きな人から指輪を贈ってもらえるなんて、自分には一生無縁だと思っていた。レイヴンは天使のように美しく、若く、才能に満ち溢れ、だが同時に繊細で、信じられないほど流星を意識してくれている。
レイヴンはもう一度、魔法のようにどこからともなく指輪を取りだし、自分の小指にはめた。
「おそろい」
はにかむレイヴンを見て、流星は照れ笑いを浮かべた。言葉ではいい表せない想いが溢れて、心臓をひき絞られたような痛みすら覚えた。
「もう一つあるんですよ」
そういって彼は、ラッピングされた小箱を手渡した。なんだろう、と流星は笑みをこぼしリボンを解いた。
なかからでてきたのは、硝子ドームにおさめられたジオラマだった。
渋谷の個展に飾られていた、あの絵だ。あの絵にある通りの世界が、十センチ四方の硝子容器におさめられていた。
「これっ……」
流星は驚愕の表情を浮かべてレイヴンを見た。彼は、はにかんだ笑みを浮かべた。
「流星さんがとても気に入ってくれて、嬉しかったから……ジオラマにしてみました」
世界に二つとない、流星だけのジオラマだ。胸がいっぱいになり、涙が溢れてきた。
「なんていったらいいか……レイヴン、言葉にできないほど嬉しいよ……っ」
あのノスタルジックな青い絵を見た時、美しくて貴い世界、決して手の届かない憧れの場所だと思った。その楽園への扉が開き、優しく招待されたように感じられた。レイヴンが連れてきてくれたのだ。
両手でジオラマを抱きしめ、涙を流す流星を、レイヴンは優しく抱きしめた。
感激していた流星は、少し感情が落ち着いてくると、大切なことを思いだした。慌てて自分の部屋に戻り、ラッピングされた包みをもってレイヴンのもとに戻った。
「一応、俺も用意していたんだ。昨日渡しそびれちゃったけど……誕生日おめでとう、レイヴン」
レイヴンは目を輝かせた。
「わー、嬉しいな。なんだろう」
「あんまり期待するなよ」
照れ隠しから流星は釘を刺したが、レイヴンはいそいそと箱を空けて、キャメルの革製の筆入れを見るなり、ぱっと顔を輝かせた。
「嬉しい! ありがとうございます。大切に使いますね」
青碧 の瞳をきらきらさせて、零れるような笑みを見せた。
「大好きです、流星さん」
ちゅっと頬にキスをされ、流星は朱くなりながら、
「……俺も好き」
と小さく答えた。手を伸ばし、額にかかる葡萄酒色の髪を優しくかきあげた。レイヴンは蕩けるような笑みを浮かべ、
「知っています。流星さんだって、僕に夢中でしょう?」
始まったばかりの二人だが、きっと素晴らしい日々になることを予感して、流星は笑みを深くした。
昨日は何度身体を重ねたか知れない。昼間から三回も立て続けに達して、そのあと一緒にシャワーを浴びて……夕飯を食べて仮眠をとったあと、まだベッドに戻り……最高だった。
これまでの朝とは全く違う気分だった。
世界が塵一つなく澄みきって見える。
濃厚に愛を交わしたあとで身体は気だるいが、心は明るく弾んでいる。隣で眠っているレイヴンを見ていると、胸の奥がじんわりと暖かくなる。
なめらかな頬を撫でると、そっと瞼がもちあがり、
「お早う、流星さん」
青い瞳が優しい月のように細められる。幸せを噛みしめながら流星はほほえんだ。こんなに甘い朝は、初めて迎えたかもしれない。
「お早う……」
レイヴンは流星に覆い被さり、唇を塞いだ。笑いながら、啄むような口づけを繰り返す。
「ああ、夢みたいだ……流星さんが好きです。出会った時から、僕は貴方に夢中なんです。どうか、これからも一緒にいてください」
彼は魔法のように、何もないところから指輪を出現させた。刻印の入った
「メリー・クリスマス、流星さん」
流星の手をとり、小指にそっとはめた。まるで婚約指輪のようだ。
「レイヴン、これ……」
スクエアにブラックダイヤモンドが敷き詰められた指輪は、繊細なきらめきを放っている。中央に流星のイニシャルが入っており、円環の内側に、レイヴンのイニシャルが刻まれている。
「小指なら、つけやすいかなと思って。うん、よく似合っていますよ」
「なんていったらいいのか……」
「僕の恋人になってくれますか?」
「……本当に、俺でいいの?」
その口調から、受け入れられていることを感じ、レイヴンは全身の緊張を緩めた。
「流星さんがいいんです。流星さんしかいらない」
唇を
「例年春になると、花粉症に苦しめられるんだ。ぐしゃぐしゃな顔で、ずっとマスクしているんだぞ」
「最高の空調を入れてあるから、この邸の中では快適に過ごせると思いますよ。それに、ぐしゃぐしゃになっても僕が介抱してあげます」
「よく見ろ、俺だぞ」
「うん、素敵ですね」
「視力いくつだっけ?」
レイヴンはくすっと笑った。
「両目とも裸眼で、一.五はありますよ」
「めっちゃいいな……じゃあ、審美眼が死んでるのか」
「芸術家に向かっていう台詞じゃないなぁ。流星さんを一目見て恋に落ちたんだから」
「嘘つけ」
「本当です。貴方に魅力的でないところなんて一つもありません」
疑惑の眼差しを送る流星を見て、レイヴンは真剣な目をした。
「僕の絵を見つめている流星さんを見た瞬間に、ああ、この人だ……って閃いたんです。貴方は僕の霊感の全てです」
神聖な誓いのように、レイヴンは、指輪の上に唇を押し当てた。
その瞬間、一粒の涙が流星の頬を流れ落ちた。レイヴンは優しく指でぬぐうと、
「……嫌でした?」
「そう見えるか?」
「どうかな、泣いているから」
流星は新たな涙が両目に盛りあがるのを感じた。
「嬉しいんだよ! すごく……あ、ありがとう」
好きな人から指輪を贈ってもらえるなんて、自分には一生無縁だと思っていた。レイヴンは天使のように美しく、若く、才能に満ち溢れ、だが同時に繊細で、信じられないほど流星を意識してくれている。
レイヴンはもう一度、魔法のようにどこからともなく指輪を取りだし、自分の小指にはめた。
「おそろい」
はにかむレイヴンを見て、流星は照れ笑いを浮かべた。言葉ではいい表せない想いが溢れて、心臓をひき絞られたような痛みすら覚えた。
「もう一つあるんですよ」
そういって彼は、ラッピングされた小箱を手渡した。なんだろう、と流星は笑みをこぼしリボンを解いた。
なかからでてきたのは、硝子ドームにおさめられたジオラマだった。
渋谷の個展に飾られていた、あの絵だ。あの絵にある通りの世界が、十センチ四方の硝子容器におさめられていた。
「これっ……」
流星は驚愕の表情を浮かべてレイヴンを見た。彼は、はにかんだ笑みを浮かべた。
「流星さんがとても気に入ってくれて、嬉しかったから……ジオラマにしてみました」
世界に二つとない、流星だけのジオラマだ。胸がいっぱいになり、涙が溢れてきた。
「なんていったらいいか……レイヴン、言葉にできないほど嬉しいよ……っ」
あのノスタルジックな青い絵を見た時、美しくて貴い世界、決して手の届かない憧れの場所だと思った。その楽園への扉が開き、優しく招待されたように感じられた。レイヴンが連れてきてくれたのだ。
両手でジオラマを抱きしめ、涙を流す流星を、レイヴンは優しく抱きしめた。
感激していた流星は、少し感情が落ち着いてくると、大切なことを思いだした。慌てて自分の部屋に戻り、ラッピングされた包みをもってレイヴンのもとに戻った。
「一応、俺も用意していたんだ。昨日渡しそびれちゃったけど……誕生日おめでとう、レイヴン」
レイヴンは目を輝かせた。
「わー、嬉しいな。なんだろう」
「あんまり期待するなよ」
照れ隠しから流星は釘を刺したが、レイヴンはいそいそと箱を空けて、キャメルの革製の筆入れを見るなり、ぱっと顔を輝かせた。
「嬉しい! ありがとうございます。大切に使いますね」
「大好きです、流星さん」
ちゅっと頬にキスをされ、流星は朱くなりながら、
「……俺も好き」
と小さく答えた。手を伸ばし、額にかかる葡萄酒色の髪を優しくかきあげた。レイヴンは蕩けるような笑みを浮かべ、
「知っています。流星さんだって、僕に夢中でしょう?」
始まったばかりの二人だが、きっと素晴らしい日々になることを予感して、流星は笑みを深くした。