RAVEN
- 17 -
「いかないで」
レイヴンは切羽詰まったようにいった。流星は、振り向かせようとする力に抗い、両足に力をこめた。
「ごめんなさい。強引な真似をして、でも貴方はまだ城嶋に心を残しているように見えて、いわずにはいられませんでした」
「それは誤解だ」
「そうですか? 本当は怒っているんじゃないですか? 黙って盗聴器をしかけたこと」
流星は、心配げに揺れるレイヴンの瞳を覗きこんだ。
「いや、怒ってないよ。心配してくれたんだろう? 昨日は……助けてもらって、感謝してる。危ないところだった」
「貴方に黙ってこんな真似はもうしません。僕のことを嫌いにならないで」
流星は目を瞠り、レイヴンの目をじっと見つめた。
「なるわけがないよ。けど……なんで俺なんだ? レイヴンなら、他にいくらでもいるだろう?」
レイヴンは険しい表情になり、流星の両肩を掴んだ。
「そんなことをいわないでください! 僕には流星さんしかいないんです」
「それは、」
「本当です。誰かを、ここまで好きになったことはありません。本気で貴方に夢中なんです! 顔も声も好きだし、怖くても城嶋に昂然 と立ち向かっていく姿勢も、反面的な脆さも、世界感とか一緒にいて安らげる空気とか、全部好き。流星さんの傍にいたいんです。どうしようもないほど、貴方のことが好きなんです」
なんて真っすぐに言葉をくれるのだろう――流星は真っ赤になり、俯いた。だが受け入れる気がないのなら、断らなくては。意を決して顔をあげたものの、熱の灯った青碧 の瞳を見ると、烈しく狼狽えた。
「えぇっと……参ったな。そんな風にいってもらえて、嬉しいよ。けど俺は、色々あったし……判るだろう? 誰かと恋愛するのが怖いんだ」
「僕は貴方にとって、迷惑ですか?」
「違うよ! そうじゃない。ただ正直、どう接していいか判らないんだ。まだ心の整理ができていなくて」
頬をそっと両手で挟まれ、顔をあげさせられる。流星は目をあわせられず、視線を泳がせた。
「待ちます。流星さんのペースでいいです」
流星はじっとレイヴンを見つめた。
レイヴンは流星が逃げずにいるのを見て、手を伸ばし、癖のある黒髪を指にまきつけた。困惑している流星を注意深く観察しながら、そっと髪にキスを落とす。
「お願い……僕の傍にいて」
「……ごめん」
流星は、喉奥から絞りだすような声で返した。
「ごめんって? どういう意味?」
「一緒には、いられない」
「どうして?」
「……俺といたって、レイヴンにいいことなんてないよ」
「そんなことありません。第一、それは僕が決めることでしょう?」
「でも俺は……いつまでも甘えているわけにはいかないよ。そろそろ仕事も見つけないといけないし」
「ここにいても、探せるでしょう? 流星さんがいなくなるのは、寂しい」
流星は目を瞬いた。視界が潤んでしまいそうだった。
「俺だって寂しいよ。レイヴンと暮らせて楽しかった。癒されたよ。でも、もう誰かに依存するのは怖いんだよ」
「流星さんになら依存されてもいいけど、貴方はそうしてくれないでしょう? 流星さんは立派な人だ。優しくて、勇気があって、責任感があって――」
「違う!」
流星は烈しく首を振っていった。
「違わない。自信がないのは僕の方です。流星さんがいないと、絶対に駄目になる」
レイヴンは切ない声でいうと、流星の頬にキスをした。
耳たぶを甘噛みされ、殆ど聞きとれない声で囁かれた。好き、離れたくない……柔らかく甘い言葉の数々に、流星の涙腺はあっという間に崩壊した。
「流星さん?」
静かに涙を流す流星を見て、レイヴンは小さく目を瞠った。
「……怖いんだよ、こんな風に泣いてしまうことも。俺は君より十二歳も年上なんだぞ」
「年は関係ない。僕は流星さんといたい。寝ても醒めても、貴方のことばかり考えているんです。たぶんもう、空想だけで貴方を描けると思う」
流星は息苦しくなって、胸のあたりを手で押さえた。
「そんな風にいってもらえて、嬉しいよ、本当に……でも、今だけだと思うんだよ」
青い瞳に怒りが灯った。
「勝手に決めつけないでください。僕は、いいかげんな気持ちで流星さんに迫っているわけじゃありません」
「君はまだ若い」
じきに、他の人を好きになるに決まっている――臆病な心が囁く。
「若いから何? そんなことで、僕の気持ちを否定しないでほしいな」
「……君の前途を穢したくない」
「穢す?」
「俺は君のご両親に顔向けできない。誰にも祝福されない。大切な人たちを、傷つけるだけなんだぞ!」
魂の叫びだった。レイヴンは流星の両肩を掴み、怒りを灯した青い瞳で、涙に濡れた流星を睨みつけた。
「僕の両親は、性愛に理解があるから大丈夫。第一、どうして他人の許可が必要なんですか? 大切なのは、僕と流星さんの気持ち。僕たちがどうしたいか、そうでしょう?」
レイヴンは諭すようにいった。彼の言葉は力強くて、説得力があり、流星は自信を無くして視線を彷徨わせた。彼のいう通りなのかもしれない。だが彼は若く、美しく、才気に溢れている。いつまでも、傍にいられるわけではない。
流星は、どうしても頷けなかった。どれほどそうしたいと思っても、顔を歪め、首をふることしかできなかった。
「無理なんだよっ……!」
その瞬間、レイヴンの瞳に剣呑な光が灯った。
唐突に肩を掴まれ、壁に背中を押しつけられた。唇がしっとり重なった。
「んっ」
懸命に逃れようとするが、レイヴンの腕は少しも緩まない。強く腰を引き寄せられ、膝から力が抜け落ちそうになる。
貪るような口づけに背筋がぞくりと震えて、下腹が疼いた。細胞の一つ一つが目覚めていき、身体が熱くなる。甘い倦怠感に流星が吐息をこぼすと、レイヴンの唇から遠慮が完全に消えた。
「ん、ふっ」
魂を揺さぶられるような荒々しいキスに、濁流の如く流されていく。
「逃げないで」
流星が腕を突きだして逃げる前に、レイヴンはいった。逃げないで……もう一度、耳元で優しく囁いた。
暖かな手が背中をすべりおり、腰に置かれた。二人の身体はぴたりと重なった。隙間なく密着しているので、下肢の昂りも判る。
「レイヴンっ」
彼が反応していることに、流星は衝撃を受けた。レイヴンの手は更に大胆に動き、デニムの上から尻の丸みを手で包みこんだ。
「あぁ……」
流星は呻き、肩に置いた手に力をこめると、掌の下で硬い筋肉が隆起した。レイヴンの息は荒々しく、触れてくる指は焔のように熱い。
「やめよう……んッ」
理性を総動員させて拒もうとするが、耳をそっと食まれて、思わず甘い声をあげた。
「流星さんだって、僕に触れてほしいはず……そうでしょう?」
「だけど――」
反論は唇に呑みこまれた。肩を押し返そうとするが、レイヴンはびくともしない。頭の後ろを手で押さえつけて、唇をぴったりと押しつけた。
「流星さん……もっと触れてもいい?」
唇をこすりつけるようにして囁かれ、流星はくらくらした。拒まなければいけないのに、誘惑に負けて頷いてしまいそうになる。よっぽどそうしてしまいたかったが、彼の両肩を掴んで突き放した。
「火遊びのつもりなら、後悔するぞ」
「本気に決まっているでしょう。ここまでして、まだ判らないんですか?」
照明を遮るように立つ彼の鮮やかな青い瞳は翳り、感情を読み取ることはできなかった。
「あなたが好きなんです。最後まで抱きたい」
甘い囁きに、流星の心は揺さぶられた。理性を総動員させて、抑制の利いた笑みを口元に浮かべた。
「俺は御免だ」
そういって、彼の腕のなかから抜けだした。急いで二階へあがろうとするが、すぐに腕を掴まれた。
「いかせない」
びっくりした顔の流星を見て、レイヴンは怒ったように続けた。
「今さら、逃がせない。貴方は、どれほど僕に愛されているのか、思い知るべきだ」
レイヴンは切羽詰まったようにいった。流星は、振り向かせようとする力に抗い、両足に力をこめた。
「ごめんなさい。強引な真似をして、でも貴方はまだ城嶋に心を残しているように見えて、いわずにはいられませんでした」
「それは誤解だ」
「そうですか? 本当は怒っているんじゃないですか? 黙って盗聴器をしかけたこと」
流星は、心配げに揺れるレイヴンの瞳を覗きこんだ。
「いや、怒ってないよ。心配してくれたんだろう? 昨日は……助けてもらって、感謝してる。危ないところだった」
「貴方に黙ってこんな真似はもうしません。僕のことを嫌いにならないで」
流星は目を瞠り、レイヴンの目をじっと見つめた。
「なるわけがないよ。けど……なんで俺なんだ? レイヴンなら、他にいくらでもいるだろう?」
レイヴンは険しい表情になり、流星の両肩を掴んだ。
「そんなことをいわないでください! 僕には流星さんしかいないんです」
「それは、」
「本当です。誰かを、ここまで好きになったことはありません。本気で貴方に夢中なんです! 顔も声も好きだし、怖くても城嶋に
なんて真っすぐに言葉をくれるのだろう――流星は真っ赤になり、俯いた。だが受け入れる気がないのなら、断らなくては。意を決して顔をあげたものの、熱の灯った
「えぇっと……参ったな。そんな風にいってもらえて、嬉しいよ。けど俺は、色々あったし……判るだろう? 誰かと恋愛するのが怖いんだ」
「僕は貴方にとって、迷惑ですか?」
「違うよ! そうじゃない。ただ正直、どう接していいか判らないんだ。まだ心の整理ができていなくて」
頬をそっと両手で挟まれ、顔をあげさせられる。流星は目をあわせられず、視線を泳がせた。
「待ちます。流星さんのペースでいいです」
流星はじっとレイヴンを見つめた。
レイヴンは流星が逃げずにいるのを見て、手を伸ばし、癖のある黒髪を指にまきつけた。困惑している流星を注意深く観察しながら、そっと髪にキスを落とす。
「お願い……僕の傍にいて」
「……ごめん」
流星は、喉奥から絞りだすような声で返した。
「ごめんって? どういう意味?」
「一緒には、いられない」
「どうして?」
「……俺といたって、レイヴンにいいことなんてないよ」
「そんなことありません。第一、それは僕が決めることでしょう?」
「でも俺は……いつまでも甘えているわけにはいかないよ。そろそろ仕事も見つけないといけないし」
「ここにいても、探せるでしょう? 流星さんがいなくなるのは、寂しい」
流星は目を瞬いた。視界が潤んでしまいそうだった。
「俺だって寂しいよ。レイヴンと暮らせて楽しかった。癒されたよ。でも、もう誰かに依存するのは怖いんだよ」
「流星さんになら依存されてもいいけど、貴方はそうしてくれないでしょう? 流星さんは立派な人だ。優しくて、勇気があって、責任感があって――」
「違う!」
流星は烈しく首を振っていった。
「違わない。自信がないのは僕の方です。流星さんがいないと、絶対に駄目になる」
レイヴンは切ない声でいうと、流星の頬にキスをした。
耳たぶを甘噛みされ、殆ど聞きとれない声で囁かれた。好き、離れたくない……柔らかく甘い言葉の数々に、流星の涙腺はあっという間に崩壊した。
「流星さん?」
静かに涙を流す流星を見て、レイヴンは小さく目を瞠った。
「……怖いんだよ、こんな風に泣いてしまうことも。俺は君より十二歳も年上なんだぞ」
「年は関係ない。僕は流星さんといたい。寝ても醒めても、貴方のことばかり考えているんです。たぶんもう、空想だけで貴方を描けると思う」
流星は息苦しくなって、胸のあたりを手で押さえた。
「そんな風にいってもらえて、嬉しいよ、本当に……でも、今だけだと思うんだよ」
青い瞳に怒りが灯った。
「勝手に決めつけないでください。僕は、いいかげんな気持ちで流星さんに迫っているわけじゃありません」
「君はまだ若い」
じきに、他の人を好きになるに決まっている――臆病な心が囁く。
「若いから何? そんなことで、僕の気持ちを否定しないでほしいな」
「……君の前途を穢したくない」
「穢す?」
「俺は君のご両親に顔向けできない。誰にも祝福されない。大切な人たちを、傷つけるだけなんだぞ!」
魂の叫びだった。レイヴンは流星の両肩を掴み、怒りを灯した青い瞳で、涙に濡れた流星を睨みつけた。
「僕の両親は、性愛に理解があるから大丈夫。第一、どうして他人の許可が必要なんですか? 大切なのは、僕と流星さんの気持ち。僕たちがどうしたいか、そうでしょう?」
レイヴンは諭すようにいった。彼の言葉は力強くて、説得力があり、流星は自信を無くして視線を彷徨わせた。彼のいう通りなのかもしれない。だが彼は若く、美しく、才気に溢れている。いつまでも、傍にいられるわけではない。
流星は、どうしても頷けなかった。どれほどそうしたいと思っても、顔を歪め、首をふることしかできなかった。
「無理なんだよっ……!」
その瞬間、レイヴンの瞳に剣呑な光が灯った。
唐突に肩を掴まれ、壁に背中を押しつけられた。唇がしっとり重なった。
「んっ」
懸命に逃れようとするが、レイヴンの腕は少しも緩まない。強く腰を引き寄せられ、膝から力が抜け落ちそうになる。
貪るような口づけに背筋がぞくりと震えて、下腹が疼いた。細胞の一つ一つが目覚めていき、身体が熱くなる。甘い倦怠感に流星が吐息をこぼすと、レイヴンの唇から遠慮が完全に消えた。
「ん、ふっ」
魂を揺さぶられるような荒々しいキスに、濁流の如く流されていく。
「逃げないで」
流星が腕を突きだして逃げる前に、レイヴンはいった。逃げないで……もう一度、耳元で優しく囁いた。
暖かな手が背中をすべりおり、腰に置かれた。二人の身体はぴたりと重なった。隙間なく密着しているので、下肢の昂りも判る。
「レイヴンっ」
彼が反応していることに、流星は衝撃を受けた。レイヴンの手は更に大胆に動き、デニムの上から尻の丸みを手で包みこんだ。
「あぁ……」
流星は呻き、肩に置いた手に力をこめると、掌の下で硬い筋肉が隆起した。レイヴンの息は荒々しく、触れてくる指は焔のように熱い。
「やめよう……んッ」
理性を総動員させて拒もうとするが、耳をそっと食まれて、思わず甘い声をあげた。
「流星さんだって、僕に触れてほしいはず……そうでしょう?」
「だけど――」
反論は唇に呑みこまれた。肩を押し返そうとするが、レイヴンはびくともしない。頭の後ろを手で押さえつけて、唇をぴったりと押しつけた。
「流星さん……もっと触れてもいい?」
唇をこすりつけるようにして囁かれ、流星はくらくらした。拒まなければいけないのに、誘惑に負けて頷いてしまいそうになる。よっぽどそうしてしまいたかったが、彼の両肩を掴んで突き放した。
「火遊びのつもりなら、後悔するぞ」
「本気に決まっているでしょう。ここまでして、まだ判らないんですか?」
照明を遮るように立つ彼の鮮やかな青い瞳は翳り、感情を読み取ることはできなかった。
「あなたが好きなんです。最後まで抱きたい」
甘い囁きに、流星の心は揺さぶられた。理性を総動員させて、抑制の利いた笑みを口元に浮かべた。
「俺は御免だ」
そういって、彼の腕のなかから抜けだした。急いで二階へあがろうとするが、すぐに腕を掴まれた。
「いかせない」
びっくりした顔の流星を見て、レイヴンは怒ったように続けた。
「今さら、逃がせない。貴方は、どれほど僕に愛されているのか、思い知るべきだ」