メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -

9章:鯨の歌 - 4 -

 ダリヤ国を出港してから、ヴィヴィアンとティカの関係は変わった。
 水夫と船長キャプテンというだけでなく、互いが唯一の恋人。彼はティカと二人きりになると、甘く、親密に触れるようになった。

「ん……ヴィ!」

 降り注ぐ湯霧の中、腰を這う手を押えつけても、不埒な手は止まらない。ティカが必死になっていると、頭上で微笑された。

「焦ると“ヴィ”になるよね」

「やめて」

「なんで?」

 長身を屈めて、ヴィヴィアンはティカの耳朶を齧りながら、囁いた。
 頬は燃えるように熱くり、身体中から力が抜け落ちかける。腰を滑り落ちる手を、上から慌てて押さえつけた。

「もう洗った! 出るっ」

「ここは?」

 長い指に、力なく垂れた中心を撫でられ、喉から悲鳴が上がりかけた。なんてことをするのだ。ティカはその悪戯な手を掴んで、睨みあげた。

「自分でやります!」

「洗ってあげる」

「ヴィーッ!」

 声を荒げると、彼は仕方なさそうに手を離した。全く、距離感の取り方が巧みで、ティカは怒るに怒り切れない。

「もう……」

 浴室を出て肌着に着替えた後も、ヴィヴィアンはティカに触れてくる。
 今日に限ったことではなく、日頃から仕事が一段落した合間や、休憩したい時に、思いついたように、ごく自然にティカに触れてくる。
 膝上に乗せたり、髪を撫でたりと、ちょっとした触れ合いの時もあるし、ティカの服を脱がして、隅々まで触れることもある。時には、ティカが涙を零しても、限界に達するまで放してくれないことも……
 以前はハンモックで眠っていたけれど、今ではヴィヴィアンと同じベッドで眠りにつく。
 寄り添って、ただ眠りに落ちることもあれば、肌を触れ合わせてから、眠りに落ちることもある。
 今夜もそう――
 せっかく着替えたのに、ヴィヴィアンはティカの服を全て脱がしてしまった。まだ少し濡れている肌に手を滑らせ、悪戯に唇でついばむ。

「……っ」

 身体に熱を灯すような口づけは、やがて胸のあちこちに下りてゆく。
 彼に触れられるまでは、乳首の存在を意識したことすらなかったのに、今では彼の視線がそこに落ちるだけで、甘い刺激を期待して震えてしまう。
 つんと尖る先端に、唇が触れる。声を堪えていると、形の良い唇に乳首を含まれた。

「あ……んっ」

 尖らせた舌でねぶられ、身体の中心に熱が溜まる。
 吸い上げられる度に、喉の奥から悲鳴がほとばしりそうで、必死に呑み込まねばならなかった。
 なのに、ヴィヴィアンは唇に指で触れて、声を上げさせようとする。

「我慢しなくていいのに」

「やだ……」

 か細い声で拒絶を口に乗せる。けれど、どれだけ羞恥を覚えていても、その先を望む感情があることも確かだ。

「させないけどね」

 彼は愉しげに笑うと、胸から下へと啄むようなキスを落としながら、頭を下げてゆく……

「待って!」

 戸惑ったように身じろぐ、愛しい身体にヴィヴィアンはキスを繰り返す。緩やかに勃ちあがる、ティカの性器に息を吹きかけた。

「んぅっ!」

 いとけなくもいやらしい姿は、情交に長けたヴィヴィアンを酷く興奮させていた。
 一方で、羞恥を堪えて顔をそらし、滑らかな白銀と青の髪に指を潜らせるティカは、本気で拒絶はできずに戸惑っていた。
 荒れ狂うような、恋情。恥ずかしいだけではない。知ってしまった――愛される心地よさ、甘い酩酊、その先に続くえもいわれぬ快感を。

「あぁ……っ」

 躊躇もせずに、彼は口に含んだ。熱い舌でティカを蕩かしながら、水音を立てて耳を犯す。
 一際強く吸引されて、身も心も放熱の欲求に支配される。恥ずかしいが、心地よい。拒みきれない。

「んんっ」

 滑らかなシーツに頬を押し付けて、跳ね上がる声をどうにか堪えようとすると、内股に口づけられた。その濡れた感触にすら、身体が撥ねる。

「だめ、ヴィーッ」

 焦燥を叫ぶが、彼は離そうとしない。

「出していいよ」

「だめって……んぅ――っ」

 丹念に愛されたまま、暖かい口内に吐精した。腰を震わせ、断続的に吐き出される精を、彼は喉を鳴らして飲み干してゆく。
 味わうように嚥下する音が鼓膜に届き、ティカはいいようのない感情に支配された。
 信じられないが、初めてされることではない。
 常日頃から、この船で一番偉い人に、ティカはこの上なく丁寧に愛されている。
 彼が最後までティカを抱かないことも、今では理解している。
 恐いくせに、物足りないとも感じる。何もかも彼に任せきりのくせに……
 彼はティカを愛し、達せさせるだけで、自分を後回しにする。ティカの前で下履きを脱ぐこともしない。以前、下肢に触れる昂りにティカがおののいてからは、腰も少し引かせているくらいだ。
 優しさからくるものだと判っている。大切にしてくれているのだと……
 けれど同時に、彼から見れば、自分はどうしようもなく子供なのだと、思い知らされるのだ。
 十歳――ヴィヴィアンとの間には、どこまでも切り立つ海底渓谷のように、永遠に埋められない年の差がいつでも横たわっている。

「……ティカ?」

 放熱の余韻に震えるティカを美しい瞳に映して、目元を優しく和ませる。そういう、余裕のある笑みも、時々嫌になる。
 歯痒い気持ちでティカが視線を逸らすと、ヴィヴィアンは心を汲み取ろうとするように顔を覗きこんだ。

「どうしたの?」

「なんでもありません」

「ご機嫌斜めだね」

 宥めるように、慈しむように、黒髪を優しい手が梳く。その仕草もまるで、子供を甘やかすようだ。

「嫌だった?」

「嫌じゃない……」

 不承不承に応えて顔を背けると、こめかみに口づけられた。

「ヴィーは、僕にいろいろするけど……」

「うん」

「どうして、ヴィーは、服を脱がないの……?」

 勇気を出して問いかけると、今度は、ヴィヴィアンが沈黙した。