メル・アン・エディール - 無限海の海賊 -
13章:十五歳の恋人 - 8 -
「言い方が悪かったか、責めてるわけじゃないよ。魔法はもう、ティカの一部だ。己が心に従って、明かしたくないと思うのなら、秘めていていい。俺が相手でもね」
「ヴィー、僕――」
焦燥のままに口を開きかけると、唇に人差し指を押し当てられた。
「大気の様々な呟きを聴いて、海洋の生き者と心を交わす……尊いのはティカの方だよ」
唇に押し当てられた指を両手で包みこみ、ティカはその手を額に押し当てた。
「……僕に宿る魔法が、ヴィーの何に惹かれたのか判ったけれど、僕自身は関係ない」
美しい双眸に映りながら、ティカは昂った感情のままに口を開いた。
「サーシャとお別れした日、ヴィーは僕をヘルジャッジ号に乗せてくれました。憧れていた無限海へ、連れて行ってくれました」
「懐かしく感じるね」
嵐の去ったパージ港を思い浮かべ、ヴィヴィアンは青い瞳を和ませた。手を伸ばして、悪戯にティカの頬をちょいちょいと突く。
「すごく、嬉しかった。毎日、楽しくって、刺激的で、本当に幸せで……嵐の夜に、慰めてくれたこと、僕もよく覚えています」
照れ臭そうにティカが笑うと、ヴィヴィアンもつられたように微笑んだ。
「リダ島でジョー・スパーナに攫われた時、迷わずきてくれた。あの時ね、水飛沫は虹の橋を架けたんだ。世界が輝いて見えた」
感動に煌めく瞳を覗きこみ、ヴィヴィアンは悪戯っぽく笑った。
「あれには、胆が冷えたよ。オリバーは血を流してるし、ティカはいないし」
「今も、はっきり覚えてる。ヴィーは何度も、僕を助けてくれた……ッ!」
不意に鼻の奥がつんとして、言葉が潤んでしまった。ヴィヴィアンは小さく眼を瞠っている。
「ダリヤ島で攫われた時も……っ、あの時は、ごめんなさい。ダイヤモンド、嬉しかったです」
「似合っているよ」
「魔法にかけても、あいつから逃げられなくて、もう駄目だと思ったら、やっぱりヴィーは助けにきてくれて……っ……ヴィーはいつでも、僕に希望を与えてくれる!」
頬を撫でる手に、ティカは自ら頬をすり寄せた。ヴィヴィアンが身を屈めると、迷わず彼の胸に飛び込む。
「僕は、僕はね、確かに、ヴィーに言ってないことがあって――」
震える声は、彼の唇に消えた。慰めるように重なった唇の合間から、吐息となって漏れる。
甘いキスに癒されながら、今こそ伝えなければと思った。
「ん……っ……ヴィー、僕は」
「いい。聞きたくない」
顔を背け、キスを止めたティカの耳に、硬質な声が届いた。衝撃に眼を瞠るティカの頬に、ヴィヴィアンは触れるだけのキスを落とす。
「聞くことの代償に、俺は何を失うの?」
言葉を失くすティカの頬を、手の甲で優しく撫でる。
「俺への信頼が揺らぐ? もう、古代神器を欲しているわけじゃないんだ。聞くことで、愛を疑われる事態になるなら、聞きたくない」
「ヴィー……」
「ティカに眠る神秘の価値、重さ……そんなことよりも、俺はティカの方が大事だ。魔法を利用しない。暴こうともしないと、天地新明に誓う。だから、恐れたり……離れようと思わないで」
「そんな、思いません……」
頬に触れる手に、自分の手を重ねて、ティカは切なさを噛みしめながら眼を閉じた。
「ティカに眠る魔法が、俺を試そうとするのなら、すればいい。俺はいかな巨利より、ティカを選ぶよ」
「……」
「好きなんだ、本当に……」
閉じた瞳から涙が零れ落ちた。界渡りの魔法よりも、ティカを選んでくれるという。
心の奥深くまで満たされながら、ティカは魔法を生んだ、美しい精霊王に想いを馳せた。
アンジェラも、こんな気持ちだったのだろうか?
彼女の愛したガロの建国王は、この世の全てと言える神の寵愛よりも、彼女を一人の女性として愛したのだろう……
だから、女神も心を捧げた。彼を亡くした後も、地上を忘れ去ることができなかった。
時の流れぬ無窮 の精霊界 で、今も久遠 の恋人を悼んでいる。その証拠に、魔法は褪 せることなく、ティカの内で赫 と燃えている。
「……ヴィヴィアン。バビロンに行きたい?」
自分よりも他者――純粋な愛を捧ぐ者に、魔法は初めて問いかける。ティカらしからぬ明晰な口調に、ヴィヴィアンは表情を硬くした。
いつかは、その眼差しに空と海を映して屈託なく笑ったのに……空の帝国に留学することが、夢だったと。
慈母のような微笑を口元に閃かせ、ティカは伏せた眼差しのまま、大きな両手をそっと握りしめた。
「怖がらないで。想い続けてくれる限り、僕は傍に寄り添うから……」
「ティカ……?」
「僕もヴィーが好き。誰よりも」
顔を上げて微笑むと、ヴィヴィアンはほっとしたような表情を浮かべた。慈しむように、黒髪に指を潜らせる。
「神が与えたもう秘蹟 なんていらないよ。ティカだけでいい」
朝陽のような橙 の瞳を見つめて、厳かに誓う。端正な顔が降りてくると、ティカもそっと瞼を閉じた。
「ヴィー、僕――」
焦燥のままに口を開きかけると、唇に人差し指を押し当てられた。
「大気の様々な呟きを聴いて、海洋の生き者と心を交わす……尊いのはティカの方だよ」
唇に押し当てられた指を両手で包みこみ、ティカはその手を額に押し当てた。
「……僕に宿る魔法が、ヴィーの何に惹かれたのか判ったけれど、僕自身は関係ない」
美しい双眸に映りながら、ティカは昂った感情のままに口を開いた。
「サーシャとお別れした日、ヴィーは僕をヘルジャッジ号に乗せてくれました。憧れていた無限海へ、連れて行ってくれました」
「懐かしく感じるね」
嵐の去ったパージ港を思い浮かべ、ヴィヴィアンは青い瞳を和ませた。手を伸ばして、悪戯にティカの頬をちょいちょいと突く。
「すごく、嬉しかった。毎日、楽しくって、刺激的で、本当に幸せで……嵐の夜に、慰めてくれたこと、僕もよく覚えています」
照れ臭そうにティカが笑うと、ヴィヴィアンもつられたように微笑んだ。
「リダ島でジョー・スパーナに攫われた時、迷わずきてくれた。あの時ね、水飛沫は虹の橋を架けたんだ。世界が輝いて見えた」
感動に煌めく瞳を覗きこみ、ヴィヴィアンは悪戯っぽく笑った。
「あれには、胆が冷えたよ。オリバーは血を流してるし、ティカはいないし」
「今も、はっきり覚えてる。ヴィーは何度も、僕を助けてくれた……ッ!」
不意に鼻の奥がつんとして、言葉が潤んでしまった。ヴィヴィアンは小さく眼を瞠っている。
「ダリヤ島で攫われた時も……っ、あの時は、ごめんなさい。ダイヤモンド、嬉しかったです」
「似合っているよ」
「魔法にかけても、あいつから逃げられなくて、もう駄目だと思ったら、やっぱりヴィーは助けにきてくれて……っ……ヴィーはいつでも、僕に希望を与えてくれる!」
頬を撫でる手に、ティカは自ら頬をすり寄せた。ヴィヴィアンが身を屈めると、迷わず彼の胸に飛び込む。
「僕は、僕はね、確かに、ヴィーに言ってないことがあって――」
震える声は、彼の唇に消えた。慰めるように重なった唇の合間から、吐息となって漏れる。
甘いキスに癒されながら、今こそ伝えなければと思った。
「ん……っ……ヴィー、僕は」
「いい。聞きたくない」
顔を背け、キスを止めたティカの耳に、硬質な声が届いた。衝撃に眼を瞠るティカの頬に、ヴィヴィアンは触れるだけのキスを落とす。
「聞くことの代償に、俺は何を失うの?」
言葉を失くすティカの頬を、手の甲で優しく撫でる。
「俺への信頼が揺らぐ? もう、古代神器を欲しているわけじゃないんだ。聞くことで、愛を疑われる事態になるなら、聞きたくない」
「ヴィー……」
「ティカに眠る神秘の価値、重さ……そんなことよりも、俺はティカの方が大事だ。魔法を利用しない。暴こうともしないと、天地新明に誓う。だから、恐れたり……離れようと思わないで」
「そんな、思いません……」
頬に触れる手に、自分の手を重ねて、ティカは切なさを噛みしめながら眼を閉じた。
「ティカに眠る魔法が、俺を試そうとするのなら、すればいい。俺はいかな巨利より、ティカを選ぶよ」
「……」
「好きなんだ、本当に……」
閉じた瞳から涙が零れ落ちた。界渡りの魔法よりも、ティカを選んでくれるという。
心の奥深くまで満たされながら、ティカは魔法を生んだ、美しい精霊王に想いを馳せた。
アンジェラも、こんな気持ちだったのだろうか?
彼女の愛したガロの建国王は、この世の全てと言える神の寵愛よりも、彼女を一人の女性として愛したのだろう……
だから、女神も心を捧げた。彼を亡くした後も、地上を忘れ去ることができなかった。
時の流れぬ
「……ヴィヴィアン。バビロンに行きたい?」
自分よりも他者――純粋な愛を捧ぐ者に、魔法は初めて問いかける。ティカらしからぬ明晰な口調に、ヴィヴィアンは表情を硬くした。
いつかは、その眼差しに空と海を映して屈託なく笑ったのに……空の帝国に留学することが、夢だったと。
慈母のような微笑を口元に閃かせ、ティカは伏せた眼差しのまま、大きな両手をそっと握りしめた。
「怖がらないで。想い続けてくれる限り、僕は傍に寄り添うから……」
「ティカ……?」
「僕もヴィーが好き。誰よりも」
顔を上げて微笑むと、ヴィヴィアンはほっとしたような表情を浮かべた。慈しむように、黒髪に指を潜らせる。
「神が与えたもう
朝陽のような