HALEGAIA
6章:悪魔トランス - 3 -
次の木曜日は、ベースの長谷川もまじえてギターアンサンブル。前回試せなかったシンセもあわせてみた。ミラの歌声を初めて聞く長谷川は、その媚薬のような魔性の声に、ぼうっとなっていた。無理もない。鍵盤を弾くミラの姿は、陽一が見ても悪魔的な美しさとしかいいようがなく、まるでビアズレーの妖しい頽廃的な絵画を切り取ったみたいだった。
今回も部室は貸し切り状態で、十八時まで他のバンドメンバーは誰もこなかった。
先週のような怪奇もなく、無事にバンド練習が終わり、陽一がミラと教室に戻ると、電気の点いていない薄暗い教室に、宇佐美渚と星月 、栗原ひとみが机を囲んで、何やら儀式めいた遊びをしていた。
「何してんの?」
陽一は訊ねながら、ぱちっと教室の電気をつけた。彼女たちに近づいていき、机を覗きこむと、鳥居と文字の書かれた白い紙のうえに十円玉を置いて、そこに三人が人差し指をのせていた。
「“コックリさん”?」
ちょっと面白がるように、陽一は訊ねた。
「話しかけないで」
宇佐美は紙を見つめたまま、鋭い声で答えた。
「懐かしいなー。小学生の頃、女子がやってるの見たことあるよ」
陽一が話しかけると、シッと栗原が自分のくちびるに指を押し当て、陽一を睨んだ。
「……コックリさん、コックリさん、どうぞおもどりください」
スス……と、十円玉が“いいえ”に動くと、慄いたような小さな悲鳴があがった。三人とも、ゾーッと総毛立っているような、寒々とした表情をしている。
本気で怖がっている彼女らを見て、陽一はくすっと笑った。こんな遊びを真に受けてかわいい……そう思ったところで、本当に寒気がして笑みを消した。沈みこむような、薄気味悪い空気を感じる。
「……もうやめたら?」
教室を見回しながらいうと、やめられないの、と宇佐美が強張った声で答えた。
「手を離せばいいじゃん」
用紙に手を伸ばそうとすると、
「ちょっと!」「やめて!」「遠藤君!!」
女子たちの鋭い声が重なった。
「帰りましょう、陽一」
いつの間にか傍にいたミラが陽一の耳元で囁いた。突然、あたたかい呼気を感じて、陽一は、別の意味でぞくぞくとした震えに襲われた。ンン゛ッと口元に手を押し当て声を噛み殺す。
「「魔王様!」」
彼女たちは一斉にミラを見た。恐怖も忘れて、瞳に星を煌めかせている。陽一には邪険にしたのに、いっそ清々しいほど態度が違う。
「星は霊媒体質だから、悪魔集会 には気をつけた方がいいですよ。本当に魑魅魍魎が集まってくるから」
珍しく助言めいたことをいうミラに、星は神妙に頷いた。
「はい、ごめんなさい……なっち、ひなぴょ、ごめん」
おずおずと星が謝ると、宇佐美も栗原も蒼褪めた顔を横に振った。
「ホッシーのせいじゃないよ。私がやりたいっていったからだし……ゴメン」
いつになく弱弱しい声で栗原が謝った。
「私もごめん。ホッシーが視える ことで苦労しているの知ってるのに、面白がったりして……」
気丈な宇佐美も、肩を落としてしょげている。
「なんで帰ってくれないのかなァ。もう三十回はお願いしているよぉ……」
気丈な栗原が、泣きべそをかいていった。三人とも顔に疲労が顕れていて、すっかり参っている様子だった。
「もぉ、ヤダ」
そういって、栗原が震える人差し指を十円玉から放した。ダメ! と宇佐美と星が悲鳴をあげた次の瞬間、教室の電気がフッと消えた。
「「キャ――ッ」」
悲鳴があがる。陽一もこれには思わず驚いた声をあげた。机や椅子が揺れ動いて、風もないのに 窓枠が薄気味悪い軋み音を立てる。皆が怪奇現象に慄くなか、
「帰れば?」
そっけなくミラが呟いた、一刹那 、十円玉がギュンッ! と高速で“はい”に移動し、それから定位置の鳥居に戻った。
ワッと歓声があがった。
三人は、ありがとうございました、とコックリさんにお辞儀をして十円玉から指を離すと、心底ほっとした顔でミラを仰ぎ見た。
「ありがとうございます! 魔王様」
救世主を見るようなキラキラとした眼差しを向けているが、相手は霊よりも遥かに恐ろしい、上位次元に在る正真正銘の魔王である。
「構いませんよ、陽一の学友ですし。まぁ、猟奇心を満たすのもほどほどに」
ミラに窘められて、女子たちは頬を赤らめつつも、しゅんとなった。ほどほどという言葉をミラが知っているとは驚きである。
「はぃ、もう二度とやりません……」
だいぶ懲りたようで、栗原はどっと心労が押し寄せたのか、椅子にぐったりともたれた。
「ていうか、魔王君ってオーラすごいよね? もう、強すぎて直視できないし……あ、ガチのオーラね。うち、人の纏っているオーラが視えるんだ」
不思議少女、星の言葉に、陽一は目を瞬いた。
「マジ?」
「いっておくけど、遠藤君もオーラ尋常じゃないよ?」
「えっ?」
「極彩色っていうのかな。曼殊沙華 ……緋縅 みたいな鮮烈な紅色と、金箔? 燦爛 たる白金色……って感じ!」
語気が力強い。
抽象的な説明だが、陽一は妙に納得してしまった。紅はミラを、金は神を連想する。
「すごいね、星さん。本当に視えるんだ」
驚いたように陽一がいうと、星も驚いた顔をした。
「そのいいかた、遠藤君、自覚あるんだ?」
「あ――……まぁ、なんとなく」
陽一は曖昧に頷いた。星もまさかミラが魔王とは思っていないだろうが、人とは違うことを察しているらしい。陽一のことは、どう思っているのだろう?
そんな不審を見通したように、星は、
「遠藤君と魔王様、ちょっとオーラが似てるよ。ソウルメイトだからかな?」
秘密めかした声でいった。
咄嗟に反応できず固まる陽一の肩を、ミラは素早く抱き寄せ、ちゅっと頬にキスをする。キャーッと女子たちが騒ぐ騒ぐ。
「なんだろう、クッソ、遠藤羨ましい! っていう気持ちもあるんだけど……いいぞもっとやれ! っていうこの矛盾した気持ち……っ」
宇佐美は赤くなりながらも、瞳を輝かせていった。
「わかる! うちもっ……うちもソレッ!!」
星が前傾姿勢で便乗した。ひとり、栗原だけは握り拳で机を叩きながら口惜しがっている。
「いやァ! 私は納得したくないぃぃっ」
ガチ泣きする栗原(学園のマドンナ)の背を、まぁまぁまぁと宇佐美と星が宥めていて、全くカオスだ。陽一は、恨めしげにミラを見た。
「だから、いいかげんに覚えろよ! 人前でべたべたするなってば」
ミラは器用に片方の眉をあげてみせた。
「なぜ? 僕は陽一が好きなのに。傍にいると、どうしたって愛しさがこみあげてしまう。いつでも触れていたいし、独占していたい。他人は関係ありません」
どストレートな告白に、陽一は絶句した。そっと周囲の様子を窺うと、宇佐美と星はくちを手で覆って目を輝かせている。栗原は、わなわなと震えながら陽一を見た。
「遠藤君」
「ハイ!」
美少女の鬼気迫る顔つきに、陽一は思わず背を伸ばした。
「ふたりはつきあっているの!?」
「えっ!?」
「イエスかノーで!!」
「え、いや……」
視線を泳がせる陽一の肩を、栗原は女子らしからぬ気迫と圧力で掴んだ。
「はっきりしてよ。魔王様にここまでいわせて、日和 る気?」
静かな声色なのに圧がすごい。ミラを見ると、余興を見るような、ちょっと期待したような目で見つめ返された。
「……つきあっては、ないけど……気にはなってる、かな……」
しどろもどろで、言葉を選びながら少しずつ喋る陽一に、なぜか女子たちはキュンとした。
「は? 遠藤君がかわいいんだけど」
なぜか栗原がキレ気味にいった。でも少し気をゆるしたのか、口元は緩んでいる。
くっくっと笑ったミラは、両腕で陽一を抱きしめた。
「嬉しい、陽一! 大好きですよ。もっと好きになってもらえるように、頑張ります」
羞恥の極みで、陽一は、ミラの腕を掴んだ。
「頑張らなくていい、もう帰るぞ!」
と、逃げるように教室を飛びだした。背中に女子たちの軽やかな笑い声とからかいの声が飛んできたが、全力で聞こえないふりをした。
今回も部室は貸し切り状態で、十八時まで他のバンドメンバーは誰もこなかった。
先週のような怪奇もなく、無事にバンド練習が終わり、陽一がミラと教室に戻ると、電気の点いていない薄暗い教室に、宇佐美渚と星
「何してんの?」
陽一は訊ねながら、ぱちっと教室の電気をつけた。彼女たちに近づいていき、机を覗きこむと、鳥居と文字の書かれた白い紙のうえに十円玉を置いて、そこに三人が人差し指をのせていた。
「“コックリさん”?」
ちょっと面白がるように、陽一は訊ねた。
「話しかけないで」
宇佐美は紙を見つめたまま、鋭い声で答えた。
「懐かしいなー。小学生の頃、女子がやってるの見たことあるよ」
陽一が話しかけると、シッと栗原が自分のくちびるに指を押し当て、陽一を睨んだ。
「……コックリさん、コックリさん、どうぞおもどりください」
スス……と、十円玉が“いいえ”に動くと、慄いたような小さな悲鳴があがった。三人とも、ゾーッと総毛立っているような、寒々とした表情をしている。
本気で怖がっている彼女らを見て、陽一はくすっと笑った。こんな遊びを真に受けてかわいい……そう思ったところで、本当に寒気がして笑みを消した。沈みこむような、薄気味悪い空気を感じる。
「……もうやめたら?」
教室を見回しながらいうと、やめられないの、と宇佐美が強張った声で答えた。
「手を離せばいいじゃん」
用紙に手を伸ばそうとすると、
「ちょっと!」「やめて!」「遠藤君!!」
女子たちの鋭い声が重なった。
「帰りましょう、陽一」
いつの間にか傍にいたミラが陽一の耳元で囁いた。突然、あたたかい呼気を感じて、陽一は、別の意味でぞくぞくとした震えに襲われた。ンン゛ッと口元に手を押し当て声を噛み殺す。
「「魔王様!」」
彼女たちは一斉にミラを見た。恐怖も忘れて、瞳に星を煌めかせている。陽一には邪険にしたのに、いっそ清々しいほど態度が違う。
「星は霊媒体質だから、
珍しく助言めいたことをいうミラに、星は神妙に頷いた。
「はい、ごめんなさい……なっち、ひなぴょ、ごめん」
おずおずと星が謝ると、宇佐美も栗原も蒼褪めた顔を横に振った。
「ホッシーのせいじゃないよ。私がやりたいっていったからだし……ゴメン」
いつになく弱弱しい声で栗原が謝った。
「私もごめん。ホッシーが
気丈な宇佐美も、肩を落としてしょげている。
「なんで帰ってくれないのかなァ。もう三十回はお願いしているよぉ……」
気丈な栗原が、泣きべそをかいていった。三人とも顔に疲労が顕れていて、すっかり参っている様子だった。
「もぉ、ヤダ」
そういって、栗原が震える人差し指を十円玉から放した。ダメ! と宇佐美と星が悲鳴をあげた次の瞬間、教室の電気がフッと消えた。
「「キャ――ッ」」
悲鳴があがる。陽一もこれには思わず驚いた声をあげた。机や椅子が揺れ動いて、風もないのに 窓枠が薄気味悪い軋み音を立てる。皆が怪奇現象に慄くなか、
「帰れば?」
そっけなくミラが呟いた、
ワッと歓声があがった。
三人は、ありがとうございました、とコックリさんにお辞儀をして十円玉から指を離すと、心底ほっとした顔でミラを仰ぎ見た。
「ありがとうございます! 魔王様」
救世主を見るようなキラキラとした眼差しを向けているが、相手は霊よりも遥かに恐ろしい、上位次元に在る正真正銘の魔王である。
「構いませんよ、陽一の学友ですし。まぁ、猟奇心を満たすのもほどほどに」
ミラに窘められて、女子たちは頬を赤らめつつも、しゅんとなった。ほどほどという言葉をミラが知っているとは驚きである。
「はぃ、もう二度とやりません……」
だいぶ懲りたようで、栗原はどっと心労が押し寄せたのか、椅子にぐったりともたれた。
「ていうか、魔王君ってオーラすごいよね? もう、強すぎて直視できないし……あ、ガチのオーラね。うち、人の纏っているオーラが視えるんだ」
不思議少女、星の言葉に、陽一は目を瞬いた。
「マジ?」
「いっておくけど、遠藤君もオーラ尋常じゃないよ?」
「えっ?」
「極彩色っていうのかな。
語気が力強い。
抽象的な説明だが、陽一は妙に納得してしまった。紅はミラを、金は神を連想する。
「すごいね、星さん。本当に視えるんだ」
驚いたように陽一がいうと、星も驚いた顔をした。
「そのいいかた、遠藤君、自覚あるんだ?」
「あ――……まぁ、なんとなく」
陽一は曖昧に頷いた。星もまさかミラが魔王とは思っていないだろうが、人とは違うことを察しているらしい。陽一のことは、どう思っているのだろう?
そんな不審を見通したように、星は、
「遠藤君と魔王様、ちょっとオーラが似てるよ。ソウルメイトだからかな?」
秘密めかした声でいった。
咄嗟に反応できず固まる陽一の肩を、ミラは素早く抱き寄せ、ちゅっと頬にキスをする。キャーッと女子たちが騒ぐ騒ぐ。
「なんだろう、クッソ、遠藤羨ましい! っていう気持ちもあるんだけど……いいぞもっとやれ! っていうこの矛盾した気持ち……っ」
宇佐美は赤くなりながらも、瞳を輝かせていった。
「わかる! うちもっ……うちもソレッ!!」
星が前傾姿勢で便乗した。ひとり、栗原だけは握り拳で机を叩きながら口惜しがっている。
「いやァ! 私は納得したくないぃぃっ」
ガチ泣きする栗原(学園のマドンナ)の背を、まぁまぁまぁと宇佐美と星が宥めていて、全くカオスだ。陽一は、恨めしげにミラを見た。
「だから、いいかげんに覚えろよ! 人前でべたべたするなってば」
ミラは器用に片方の眉をあげてみせた。
「なぜ? 僕は陽一が好きなのに。傍にいると、どうしたって愛しさがこみあげてしまう。いつでも触れていたいし、独占していたい。他人は関係ありません」
どストレートな告白に、陽一は絶句した。そっと周囲の様子を窺うと、宇佐美と星はくちを手で覆って目を輝かせている。栗原は、わなわなと震えながら陽一を見た。
「遠藤君」
「ハイ!」
美少女の鬼気迫る顔つきに、陽一は思わず背を伸ばした。
「ふたりはつきあっているの!?」
「えっ!?」
「イエスかノーで!!」
「え、いや……」
視線を泳がせる陽一の肩を、栗原は女子らしからぬ気迫と圧力で掴んだ。
「はっきりしてよ。魔王様にここまでいわせて、
静かな声色なのに圧がすごい。ミラを見ると、余興を見るような、ちょっと期待したような目で見つめ返された。
「……つきあっては、ないけど……気にはなってる、かな……」
しどろもどろで、言葉を選びながら少しずつ喋る陽一に、なぜか女子たちはキュンとした。
「は? 遠藤君がかわいいんだけど」
なぜか栗原がキレ気味にいった。でも少し気をゆるしたのか、口元は緩んでいる。
くっくっと笑ったミラは、両腕で陽一を抱きしめた。
「嬉しい、陽一! 大好きですよ。もっと好きになってもらえるように、頑張ります」
羞恥の極みで、陽一は、ミラの腕を掴んだ。
「頑張らなくていい、もう帰るぞ!」
と、逃げるように教室を飛びだした。背中に女子たちの軽やかな笑い声とからかいの声が飛んできたが、全力で聞こえないふりをした。