COCA・GANG・STAR
4章:恋 - 4 -
週末の土曜日。
優輝は雑誌を手土産に、遊貴と共に某病院を訪ねた。
「げ、木下もきたのかよ」
頭に包帯を巻いた楠は、遊貴を見るなり嫌そうな顔をした。
「久しぶり、杏里。意識が戻って良かった」
「ユッキーは平気?」
「俺は平気。俺も杏里も、遊貴が助けてくれたんだよ。杏里は、本当に危ない状態だったんだ。マジで助かって良かった……」
気遣かわれた楠は、罰の悪い表情を浮かべた。
「木下がユッキーを助ける為に動いたのは、誤算だった。俺はてっきり……あの日、連れ出したりして悪かったな」
「全くだな。優輝ちゃんに何かあったら、お前も殺していたよ」
冷たい口調で、遊貴は吐き捨てた。殺気のこもった紫の瞳で、病床の楠を射殺さんばかりに睨みつける。
(ひぇ~……見舞いにきたってのに)
洒落にならない脅し文句に、優輝は青褪め、楠は腹立たしそうに眉をひそめた。
「糞ムカつく野郎だな……眞鍋はどうなった?」
「死んだ。拝島工場もGGGも閉鎖されたよ。麻薬が大量に押収されて、北城組の幹部が一斉検挙された。ビバイルも事実上の壊滅だ」
淡々と遊貴が応えると、気が抜けたように楠は天井を仰いだ。
「……そっか。アイツ、死んだのか」
「優輝ちゃんに感謝するんだね。俺は、お前が野たれ死んでも、一向に構わなかったんだ。お前のせいで、優輝ちゃんは怖い思いをしたわけだし」
「ふざけんなよ。自分のことは棚上げかよ? 元凶はお前だろうが。ユッキーにちょっかいかけて、眞鍋に眼ェつけられたんだろ」
「おい、ここは病院なんだぞ? 遊貴も見舞いにきてるんだからさ」
二人の間に険悪な空気が流れ出し、優輝は慌てて二人の間に入った。
「オーライ。平和的にいこう。お前が病院のベッドに呑気に寝転がっていられるのは、一つ、優輝ちゃんの優しさ。二つ、俺の機転。三つ、俺の権力と人脈のおかげだ。大きな貸しだよね?」
「……何がいいたいんだよ」
「お前を助けたのは、ボランティアじゃない。度胸もあるし、人から情報を訊き出すのは巧みだ。能力を買ってやろう」
「は?」
「俺が日本にいる間、役立ってもらう。お前への貸しは、そうだな……学生だし、三割引でいい。ざっと見積もって五〇〇〇万円かな」
「はぁッ!?」
「全額返済するまで、組織に尽くしな」
高飛車に命じると、遊貴は花が綻ぶように笑った。
「ふざけんな! 誰がてめーのいうことなんか聞くかよ!」
上着に手を入れたと思ったら、遊貴はトカレフを抜いた。度肝を抜かれたのは、楠だけではない。
「遊貴ッ!?」
「死にたくなければ、協力しな。断るなら、C9Hを敵に回す覚悟を決めろ。その場合、今日が命日になるけど……どうする?」
「てめ、怪我人を脅すのかよッ」
「この病院も、C9Hの支配下に置かれているよ。この意味、判るよね?」
「勘弁しろよ……」
楠は力なく項垂れた。天を向いて眼を瞑っている。空いた口から、何かが放出しそうだ。
「馬鹿、ここをどこだと思ってんだ。杏里は重体なんだぞ、物騒な真似はやめろよ」
「ユッキー、マジ天使……」
砂漠でオアシスに手を伸ばす旅人のように、杏里は優輝に手を伸ばした。非情にも遊貴は優輝を抱きしめて、楠から引きはがす。
「用はそれだけだから。じゃあね」
遊貴は優輝の肩に腕を回すと、病室の外へ出ようとした。優輝が振り返ろうとすると、肩を抱く腕に力を込める。
「お、おい、遊貴! 悪い、杏里。また連絡する!」
「お大事にー」
焦る優輝を強引に病室から連れ出しながら、至極どうでも良さそうに遊貴はいった。
「――糞ったれッ」
扉が閉じる瞬間、楠が盛大に吠えた。