COCA・GANG・STAR

2章:ビバイル - 6 -


 キスをしてから、二人の関係は変わった。
 遊貴は一途になった。女子に囲まれている様子を見て、優輝が元気を失くせば、彼女達に適当な態度を取るようになった。
 声をかけられれば挨拶も会話もするが、長話はしない。二人きりで遊びにいかないし、お手軽なキスもしない。優輝との約束を最優先し、待ち合わせをすれば、周囲に人を寄せないようになった。
 出会った頃の遊貴からは、考えられない変貌ぶりだ。
 素直に気持ちを伝えられない優輝と違って、遊貴は言葉をくれる。

 “好きだよ、優輝ちゃん……”

 甘く囁かれる度に、遊貴に落ちていく。
 想い、想われる喜び。堂々と付き合うことができなくても、二人でいられれば幸せだった。
 けれど――
 願いが叶えば、その先を望んでしまう。
 今まで、触れずにきた遊貴の事情が気になってしまう。
 特に、毎日のように渋谷でビバイル狩をすることだけは、どうしてもやめて欲しかった。
 危ないことはして欲しくない……ビバイルに興味を示す度に遊貴はそういうけれど、それは優輝の台詞だ。
 どんなに頼んでも、遊貴はビバイルを狩ることだけはやめてくれない。理由も教えてくれない。

「ごめんね、優輝ちゃん。その日は、用事があるんだ」

「……またビバイル狩?」

「ごめんね。次の日なら、空いているから」

 落ち込む優輝の頭を撫でながら、困ったように遊貴は笑う。

「アオコーにビバイルの幹部は、もういないんだろ? もう十分じゃないのか?」

 アオコーの勢力図は、崩れようとしている。
 数で圧倒していたビバイルは、この数ヶ月で極端に数を減らした。黒田が復学して勢いを増したこともあり、今ではビバイルと閃光の戦力は拮抗している。
 絶対普遍と思われていた勢力図を、遊貴は単独で覆したのだ。

「いや、まだだよ。ビバイルを壊滅させるまで続ける」

「どうして、そんなにこだわるんだよ?」

「仕事だよ」

「仕事って?」

「……ごめんね」

 結局、教えてくれない。
 不満げに睨むと、遊貴は曖昧に笑って、優輝を抱き寄せた。宥めるように、こめかみにキスをする。
 桜の下で初めて出会った時、彼はビバイルを壊滅させる為に、地球の裏側からやってきたといった。
 あの時は冗談だと思ったけれど、今は、ひょっとしたら本当なんじゃないかという気がしている。
 遊貴には、人にはいえない秘密があるのだ。
 惹かれるほどに、夢中になるほどに、遊貴の抱える秘密を共有できないことが、優輝の心に影を落としていった。

 放課後の珈琲喫茶。
 久しぶりに、楠が顔を見せた。ウェイター姿の優輝を見て、表情を綻ばせる。

「よう、ユッキー」

 傍へやってくると、拳をぽんぽん、と触れ合わせた。彼がよくやる、お気に入りの挨拶だ。

「どうした? 元気ないな」

「そう?」

「どーしたどーした?」

 いつも通りに笑ったつもりだが、楠は優輝の顔を覗き込んだ。

「何もないよ。ただ、気分が上がらないだけ」

「へぇ。じゃぁ、いい時にきたな。今のユッキーにぴったりのお土産を持ってきたぜ」

 きょとんとする優輝の手に、楠はチケットを握らせた。

「何、これ」

「GGGの入場チケットと、ダミーの学生証。今度の金曜日は、英司がDJするんだ。気分上昇間違いなし!」

「英司?」

「灰原英司、腕のいいDJだよ。あいつがブースに立つと、数千規模で人が集まるんだ」

 前にLINEで断ったイベントだ。あれから、もう一月が経ったことに、優輝は密かに驚いた。

「……遊貴もいくのかな?」

「くるぜ。特別なイベントだからな。実は俺も、仕事でいくんだ」

「仕事?」

「おう! ガッツリ稼ぐぜ」

 屈託なく笑う楠を見て、優輝の心は複雑に揺れた。
 つまり、イベントで麻薬を売るつもりなのだ。悪の道を邁進まいしんしていく友達を、結局、止められずにいる。大切な人達が関わっていることなのに、優輝一人が蚊帳の外にいる気分だ。
 暗澹あんたんたる気分で、優輝はチケットを見つめた。
 ビバイルの人間が出入りするなら、遊貴はその日、狩をするのだろうか……?