アッサラーム夜想曲
第4部:天球儀の指輪 - 37 -
夜の帳の降りた公宮。
クロガネ隊を出た後、光希はジュリと別れて先に屋敷へ帰った。
団欒の一時に、テラスでラムーダをつま弾いてみる。
光希の腕前は、かろうじて一通りの音を鳴らせる程度である。ナディアの演奏に触発されたものの、同じようには到底弾けない。
時々調子を外しながら苦心していると、背中に笑い声を聞いた。振り向けば、濡れた髪を拭きながらジュリがやってくる。
「お帰り」
「ただいま。珍しいですね」
「ナディアの演奏すごかったから。僕もあんな風に弾きたいなと思って……」
ジュリは隣に座ると、光希の手元を覗きこんで弦の押さえ方や、楽器の持ち方を指導し始める。
「手はこう、もっとしっかり抱えて……指はここ……」
「……判った! このラムーダにも、鉄 の装飾を入れればいいのか。そしたら、僕でも神懸 かりの演奏ができると思わない?」
流星の如し閃きを口にすると、生暖かい眼差しに見下ろされた。
「いくら楽器が良くても、腕がないと無理か……」
「そんなに弾きたいのなら、習ってみますか?」
「いや、たまにジュリが教えてくれれば十分だよ……ところでナディアは、もうすぐ陸路偵察任務に発つんだよね」
「はい」
「出発前に、点呼取って滑走場に並ぶよね? その時さ、婚約者のアンジェリカも中に入れてあげられないかな? 見送りしたいって前に言ってたんだよ」
「どうでしょう……」
ジュリは思案げに顎に手をやる。
「ナディアがどうしても嫌なら仕方ないけど……アンジェリカが可哀相で。残される方も辛いんだよ……」
「判りました。伝えておきましょう」
「うん、ありがとう。聞いてみて。ナディアって優しいのに、アンジェリカに冷たいよね……」
光希はふと思い出したように腕を組んだ。
「そうですか?」
「うん。この間、二人一緒のところに居合わせてさ、アンジェリカの好意は明らかなのに、ナディアは全然見向きもしないの。見ていて可哀相だったよ」
「光希は優しいですね」
「別に普通だよ。あれはナディアが悪い。年上の男なんだから、もっとさ……」
続けて文句を垂れようとしたら、不意にジュリに肩を抱き寄せられた。ラムーダは取り上げられて、金箔装飾のテーブルの上に置かれる。
問いかけるように見上げると、唇が触れる。忍び笑いを洩らすと、ジュリもくすぐったそうに笑った。
「……ジュリも弾いてよ」
ラムーダを押しつけるように渡すと、ジュリは堂に入った仕草で構えた。弦をつま弾くと、心地いい優しい音色が流れる……。
彼の演奏の腕前も素晴らしい。光希にしてみれば達人の域だ。演奏が途切れた瞬間、盛大に手を鳴らした。
「素晴らしい!」
「ありがとう」
星明かりをもらい受けて、ジュリの輪郭は清らかな薄青に縁取られる。
見惚れるほど美しい笑みに言葉を忘れていると、見つめ合ったまま抱き寄せられた。端正な顔が下りてきて、唇が重なり合う。
何度か柔らかく唇を吸われた後、うっすら開いた合間から熱い舌を差し入れられる。頭の後ろを丸く包み込まれて、口づけは更に深くなる。
甘い口づけを何度も繰り返す。もうジュリのことしか考えられない……。
ようやく顔が離れた時には、顔はとても熱くなっていた。
「ジュリって……」
「ん……?」
中途半端に言いかけて止めたが、大した内容ではない。不得要領に視線を彷徨わせると、ジュリは頬を撫でて視線を合わせてきた。
「いや……」
「言って?」
光希しか映さぬ青い双眸は、とろりとした蜜のよう。甘い眼差しに心を奪われていると、前髪を軽く引っ張られた。
「聞きたい……」
言うほどのことじゃない。視線を泳がせて追及を躱しても、頬や唇に触れられて視線を何度も捕われる。唇を指先でなぞられて、観念して口を開いた。
「キスが……上手だなぁって」
消え入りそうな声だったが、聞こえたらしいジュリは、恥ずかしげに視線を逸らした。言わせたくせに。でも、彼の照れる姿は貴重だ。つい物珍しげに見つめてしまう。
「そんなに見ないでください」
恥じらう姿に胸を打たれて、光希はふっと口元に笑みを閃かせた。
しかし、見られるうちに耐性がついたのか、ジュリは艶っぽい微笑を浮かべると、光希の顔を両手で挟みこんだ。
「それって……もっとして欲しいってこと?」
「え……」
応えられぬうちに唇を塞がれた。あんなことを言ってしまったから、妙に意識してしまう……。
腰を撫でられながら口づけを交わすうちに、身体が昂 ってきた。
クロガネ隊を出た後、光希はジュリと別れて先に屋敷へ帰った。
団欒の一時に、テラスでラムーダをつま弾いてみる。
光希の腕前は、かろうじて一通りの音を鳴らせる程度である。ナディアの演奏に触発されたものの、同じようには到底弾けない。
時々調子を外しながら苦心していると、背中に笑い声を聞いた。振り向けば、濡れた髪を拭きながらジュリがやってくる。
「お帰り」
「ただいま。珍しいですね」
「ナディアの演奏すごかったから。僕もあんな風に弾きたいなと思って……」
ジュリは隣に座ると、光希の手元を覗きこんで弦の押さえ方や、楽器の持ち方を指導し始める。
「手はこう、もっとしっかり抱えて……指はここ……」
「……判った! このラムーダにも、
流星の如し閃きを口にすると、生暖かい眼差しに見下ろされた。
「いくら楽器が良くても、腕がないと無理か……」
「そんなに弾きたいのなら、習ってみますか?」
「いや、たまにジュリが教えてくれれば十分だよ……ところでナディアは、もうすぐ陸路偵察任務に発つんだよね」
「はい」
「出発前に、点呼取って滑走場に並ぶよね? その時さ、婚約者のアンジェリカも中に入れてあげられないかな? 見送りしたいって前に言ってたんだよ」
「どうでしょう……」
ジュリは思案げに顎に手をやる。
「ナディアがどうしても嫌なら仕方ないけど……アンジェリカが可哀相で。残される方も辛いんだよ……」
「判りました。伝えておきましょう」
「うん、ありがとう。聞いてみて。ナディアって優しいのに、アンジェリカに冷たいよね……」
光希はふと思い出したように腕を組んだ。
「そうですか?」
「うん。この間、二人一緒のところに居合わせてさ、アンジェリカの好意は明らかなのに、ナディアは全然見向きもしないの。見ていて可哀相だったよ」
「光希は優しいですね」
「別に普通だよ。あれはナディアが悪い。年上の男なんだから、もっとさ……」
続けて文句を垂れようとしたら、不意にジュリに肩を抱き寄せられた。ラムーダは取り上げられて、金箔装飾のテーブルの上に置かれる。
問いかけるように見上げると、唇が触れる。忍び笑いを洩らすと、ジュリもくすぐったそうに笑った。
「……ジュリも弾いてよ」
ラムーダを押しつけるように渡すと、ジュリは堂に入った仕草で構えた。弦をつま弾くと、心地いい優しい音色が流れる……。
彼の演奏の腕前も素晴らしい。光希にしてみれば達人の域だ。演奏が途切れた瞬間、盛大に手を鳴らした。
「素晴らしい!」
「ありがとう」
星明かりをもらい受けて、ジュリの輪郭は清らかな薄青に縁取られる。
見惚れるほど美しい笑みに言葉を忘れていると、見つめ合ったまま抱き寄せられた。端正な顔が下りてきて、唇が重なり合う。
何度か柔らかく唇を吸われた後、うっすら開いた合間から熱い舌を差し入れられる。頭の後ろを丸く包み込まれて、口づけは更に深くなる。
甘い口づけを何度も繰り返す。もうジュリのことしか考えられない……。
ようやく顔が離れた時には、顔はとても熱くなっていた。
「ジュリって……」
「ん……?」
中途半端に言いかけて止めたが、大した内容ではない。不得要領に視線を彷徨わせると、ジュリは頬を撫でて視線を合わせてきた。
「いや……」
「言って?」
光希しか映さぬ青い双眸は、とろりとした蜜のよう。甘い眼差しに心を奪われていると、前髪を軽く引っ張られた。
「聞きたい……」
言うほどのことじゃない。視線を泳がせて追及を躱しても、頬や唇に触れられて視線を何度も捕われる。唇を指先でなぞられて、観念して口を開いた。
「キスが……上手だなぁって」
消え入りそうな声だったが、聞こえたらしいジュリは、恥ずかしげに視線を逸らした。言わせたくせに。でも、彼の照れる姿は貴重だ。つい物珍しげに見つめてしまう。
「そんなに見ないでください」
恥じらう姿に胸を打たれて、光希はふっと口元に笑みを閃かせた。
しかし、見られるうちに耐性がついたのか、ジュリは艶っぽい微笑を浮かべると、光希の顔を両手で挟みこんだ。
「それって……もっとして欲しいってこと?」
「え……」
応えられぬうちに唇を塞がれた。あんなことを言ってしまったから、妙に意識してしまう……。
腰を撫でられながら口づけを交わすうちに、身体が