アッサラーム夜想曲
第4部:天球儀の指輪 - 2 -
昼下がり。
時間ならまだたくさんある。何をしよう、どこへいこう? 光希はうきうきしながら、反対側の椅子をジュリアスに勧めた。
嬉しそうにしている光希を見て、ジュリアスは笑いをこぼしながら席についた。
二人が着席すると、銀盆を手にしたナフィーサがやってきて、冷たい果実水を給仕し始めた。
「へへー」
光希が満面の笑みを向けると、ジュリアスも片頬杖をつきながらほほえんだ。ドキッとするほど綺麗な笑顔だ。
このありあまる喜びを、今こそエネルギーに変換できないものか……神秘を引き出すべくカップの上に手を当てて“浮かびあがれー”と、性懲りもなく光希は念じた。
「どうしたの?」
「ぐぬぬ……僕の中の、眠れる力を引き出す特訓。宙に浮かしたいの。ジュリみたいには、いかないのかなぁ……コツってある?」
「コツですか……そうですね、無心になることでしょうか」
無心ね……と、光希は真剣な眼差しでカップを睨んだ。すると、祈りが通じたように、カップはふわりと宙に浮いた。
「ふぁあっ!?」
「ふっ」
光希は目を剥いて奇声を上げたが、笑いを含んだ吐息を聞いて顔を上げた。ジュリアスは明後日の方向を見つめて、優雅にカップに口をつけている。
「ジュリ……」
恨みがましい声で呼ぶと、ジュリアスは人の悪い笑声をこぼした。
「うまくいった?」
「もぉーっ! ぬか喜びしたでしょぉーっ!」
「あははっ!」
ティーテーブルを叩いて悔しがる光希を見て、珍しくジュリアスは声を上げて笑った。からかわれたことも忘れて、光希も一緒になって笑う。
これはこれで面白い遊びができるかもしれない、そう思い、光希はいそいそと立ち上がった。
「ねー、ジュリ、僕が手を突き出して“サンダーストーム!”って叫んだら、ばりばりーっていつものアレを出してよ」
「……“サンダーストーム”? いつものアレ?」
「青い雷炎を出せるでしょう?」
「あぁ……」
ジュリアスは要領を得たように、判りました、と頷いた。
「はい、いっくよー! “サンダーストーム”!」
照れを捨てて、光希は全力で叫んだ。真上に右掌を突き出すと、ジュリアスは絶妙なタイミングで、青い雷炎を迸らせた。天に向かって青い火柱が勢いよく立ち昇る。
「おぉーっ! 今、息ぴったりだったよね!?」
その場でぴょんぴょん飛び跳ねる光希を見て、ジュリアスは笑った。
「アレ、アレやってみよう! 僕がこうして、後ろに体重を倒すから……転ばないように、空中で支えて! 判る? 判るっ!?」
マトリックスの名シーンを真似て、光希は限界までイナバウアーのポーズをとった。
それを見て、ジュリアスは慌てたように駆け寄ろうとしたが、転ばないように支えて! と光希が叫ぶと、仕事を理解したように眼に見えない力で光希の身体を宙で支えた。
「フゥーッ! タァーッ!」
奇声を発しながらアクロバットなポーズを次々に決めていると、ナフィーサと眼が合った。
「お楽しそうですね、殿下」
穏やかに笑みかけるナフィーサを見て、光希は撃沈した。十一歳の子供より子供だった……
芝部に突っ伏していると、ジュリアスは心配そうに傍へ寄ってきた。
「光希?」
光希は顔をジュリアスの方に倒して、寝そべったまま仰ぎ見た。
「まだまだ時間あるよね。何しようか」
ジュリアスは光希の隣に腰を下ろすと、手を伸ばして、風にそよぐ黒髪を撫でた。
「光希は? どこかいきたい所はある?」
どこだろう……大地に身を投げたまま、光希は考えた。
時間ならまだたくさんある。何をしよう、どこへいこう? 光希はうきうきしながら、反対側の椅子をジュリアスに勧めた。
嬉しそうにしている光希を見て、ジュリアスは笑いをこぼしながら席についた。
二人が着席すると、銀盆を手にしたナフィーサがやってきて、冷たい果実水を給仕し始めた。
「へへー」
光希が満面の笑みを向けると、ジュリアスも片頬杖をつきながらほほえんだ。ドキッとするほど綺麗な笑顔だ。
このありあまる喜びを、今こそエネルギーに変換できないものか……神秘を引き出すべくカップの上に手を当てて“浮かびあがれー”と、性懲りもなく光希は念じた。
「どうしたの?」
「ぐぬぬ……僕の中の、眠れる力を引き出す特訓。宙に浮かしたいの。ジュリみたいには、いかないのかなぁ……コツってある?」
「コツですか……そうですね、無心になることでしょうか」
無心ね……と、光希は真剣な眼差しでカップを睨んだ。すると、祈りが通じたように、カップはふわりと宙に浮いた。
「ふぁあっ!?」
「ふっ」
光希は目を剥いて奇声を上げたが、笑いを含んだ吐息を聞いて顔を上げた。ジュリアスは明後日の方向を見つめて、優雅にカップに口をつけている。
「ジュリ……」
恨みがましい声で呼ぶと、ジュリアスは人の悪い笑声をこぼした。
「うまくいった?」
「もぉーっ! ぬか喜びしたでしょぉーっ!」
「あははっ!」
ティーテーブルを叩いて悔しがる光希を見て、珍しくジュリアスは声を上げて笑った。からかわれたことも忘れて、光希も一緒になって笑う。
これはこれで面白い遊びができるかもしれない、そう思い、光希はいそいそと立ち上がった。
「ねー、ジュリ、僕が手を突き出して“サンダーストーム!”って叫んだら、ばりばりーっていつものアレを出してよ」
「……“サンダーストーム”? いつものアレ?」
「青い雷炎を出せるでしょう?」
「あぁ……」
ジュリアスは要領を得たように、判りました、と頷いた。
「はい、いっくよー! “サンダーストーム”!」
照れを捨てて、光希は全力で叫んだ。真上に右掌を突き出すと、ジュリアスは絶妙なタイミングで、青い雷炎を迸らせた。天に向かって青い火柱が勢いよく立ち昇る。
「おぉーっ! 今、息ぴったりだったよね!?」
その場でぴょんぴょん飛び跳ねる光希を見て、ジュリアスは笑った。
「アレ、アレやってみよう! 僕がこうして、後ろに体重を倒すから……転ばないように、空中で支えて! 判る? 判るっ!?」
マトリックスの名シーンを真似て、光希は限界までイナバウアーのポーズをとった。
それを見て、ジュリアスは慌てたように駆け寄ろうとしたが、転ばないように支えて! と光希が叫ぶと、仕事を理解したように眼に見えない力で光希の身体を宙で支えた。
「フゥーッ! タァーッ!」
奇声を発しながらアクロバットなポーズを次々に決めていると、ナフィーサと眼が合った。
「お楽しそうですね、殿下」
穏やかに笑みかけるナフィーサを見て、光希は撃沈した。十一歳の子供より子供だった……
芝部に突っ伏していると、ジュリアスは心配そうに傍へ寄ってきた。
「光希?」
光希は顔をジュリアスの方に倒して、寝そべったまま仰ぎ見た。
「まだまだ時間あるよね。何しようか」
ジュリアスは光希の隣に腰を下ろすと、手を伸ばして、風にそよぐ黒髪を撫でた。
「光希は? どこかいきたい所はある?」
どこだろう……大地に身を投げたまま、光希は考えた。