アッサラーム夜想曲

第3部:アッサラームの獅子 - 27 -

 やり直せるのなら、昨日の朝からやり直したい。
 食事も喉を通らず、鬱々とそればかり考えている。
 悔恨を噛みしめる一方で、ぶつけようのない怒りもくすぶっている。
 軽率だと責められるが――
 光希はただ、友達と街に繰り出して、息抜きをしたかっただけだ。それがそんなに悪いことだろうか?
 誘拐されて、貞操の危機に繋がるだなんて、露ほども思わなかった。あんな惨事になるなんて、微塵も思っていなかった。
 もちろん、一番悪いのは誘拐した本人だ。その本人は、重い極刑に処せられようとしている。
 周囲の口ぶりから察するに、ヴァレンティーンのとがは他にもあるようだが、それにしたって罰が重過ぎる。
 この世界に馴染めたと思えた頃に、価値観の違いを痛感させられる。まるで見えない力に、試されているようだ。
 もし、ユニヴァースの身に何か起きたら――考えるのも恐ろしい……とても正気ではいられないだろう。

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 日が暮れる。
 夕食も断ると、ナフィーサに泣きそうな顔で見つめられた。仕方なく、もそもそと食べ始めると、心底安堵したように微笑んだ。
 食欲はないと思っていたが、胃は空腹を覚えていたようで、出されたものは綺麗に完食した。
 今頃、ユニヴァースはどうしているのだろう……

 ”軍規に沿って行われるのではないかと”
 ”……斬首では、ございません”

 今朝、ナフィーサはそういっていた。ユニヴァースと同じ罰を与えて欲しいと請えば、

 ”誰も、花嫁ロザインを罰することは出来ません。”

 ルスタムはそう応えた。
 光希は二十日の謹慎処分だが、ユニヴァースには比較にならない、厳罰が下るのではないだろうか。謹慎の間に、密かに終わらせようとしているのでは?
 軍規の罰則とは、どんなものがあったろう。
 懲罰房があることは知っている。ユニヴァースは以前、演習を怠けて数日入れられたことがある。だが、それはまだ軽い方だ。
 戦に負ければ、降格処分になる場合もあると聞いた。でも今回は関係ないはず……
 規律違反者には、拷問や捕虜の世話等、不快な任務を強制される場合があると聞いたが、今回は適用対象だろうか?
 密告、脱走者の項目も読んだことがある――懲罰対象で、重い場合は四肢の切断、死刑と書いてあったような……
 ぞくっと背筋が冷えた。
 まさかユニヴァースに、そんな思い罰が課せられるとは思いたくないが……
 不安が募り、部屋の扉を開けて護衛に立つルスタムを見上げた。

「殿下?」

「ルスタム、ユニヴァースは……酷い罰を受けるの?」

「お答えできかねます」

「お願い、教えて……」

 もう、そうとしか思えない。
 軽微な罰だとしたら、こうまで隠したりしないだろう。少なくとも、ナフィーサなら朝の問答の時に、安心するような言葉をくれたはずだ。

「――部屋にお戻り下さい」

「ルスタム! 僕なら助けられるかもしれない!」

「アッサラーム・ヘキサ・シャイターン軍の名誉に関わる問題です。軍の総大将が決めることに、例え花嫁でも意見することは難しいでしょう」

「ユニヴァースはいつ罰せられるの? ジュリはいつ戻ってくる?」

「最初の質問はお答えできかねます。シャイターンなら、遅くにお戻りになると聞いております」

「……ありがとう」

 ルスタムの硬い表情を見て、光希は肩を落とした。これ以上、彼から有益な情報を引き出せそうにない。
 大神殿から、午前零時を告げる朝課の鐘が聞こえても、ジュリアスは戻らなかった。
 灯りの落とされた部屋で一人、煩悶はんもんしながら帰りを待つ。
 夜も更けた頃、ようやくジュリアスは戻ってきた。なんとなく、近寄りがたい。青い双眸は、暗闇の中でも仄かに煌めいて見える。

「お帰りなさい」

 恐る恐る声をかけると、ジュリアスは無言で光希を抱き寄せ、唐突に唇を塞いだ。

「ん……っ」

 触れるだけのキスは、たちまち深くなる。指先は冷たいのに、ねぶる舌はとても熱い。
 身体に火をつけるような口づけから、どうにか顔を離した。

「ちょ……っ、待って!」

 押しのけようと伸ばした腕を取られ、逆に引き寄せられる。背けた顔を追いかけるように、唇を塞がれた。

「んぅっ!」

 唐突なキスの意味が判らない。
 昨日のような攻撃的なキスとは違う……けれど、情熱的というよりは執拗なキスだ。
 背中に腕を回され、そのまま寝室に運ばれそうになった。もがいた拍子に唇は離れ、二人の間をつぅと銀糸が伝う。ジュリアスはそれを舌でからめ捕ると、強い眼差しで光希を射抜いた。

(怖い……)

 ジュリアスはおののく光希に覆いかぶさると、子供を抱き上げるようにして持ちあげた。