アッサラーム夜想曲
第2部:シャイターンの花嫁 - 21 -
「ごきげんよう、殿下、西妃 様。お招きありがとうございます」
可憐な美少女は、はにかんだようにほほえんだ。目の錯覚なのか、ブランシェットの周りだけきらきらと輝いて見える。
「ごきげんよう、ブランシェット。蒸風呂についてお話ししていたのよ。誰もいない早朝に、一人で入るのも気持ちが良いのよねぇ。ブランシェットも蒸風呂はお好きかしら?」
「はい……西妃様」
少女は、か細い声で頬を染めて頷いた。無言で茶を啜りながら、光希は内心で身悶えていた。
「では、今度皆で一緒にいきませんこと?」
とんでもない爆弾発言に、光希は飲んでいた茶を噴き出しかけた。隣を見れば、ブランシェットも真っ赤になって俯いている。
「僕はいきませんから、皆さんでどうぞ……」
「あら、それではつまらないわ。ブランシェットは、どんな所が好き?」
「私は……庭園や薔薇園、川べり、あとは図書室が……」
「ブランシェットらしいわ。本が好きですものねぇ」
納得したように、リビライラは頬に手を当てて頷いた。
「では今度、籠を持ってアール川へいきましょうよ。煌めく水面を眺めながら、のんびり過ごすのですわ。気分が晴れますわよ」
優美なアール川の情景を思い浮かべて、光希は心を和ませた。晴れた日に出かければ、さぞ気持ち良いだろう。
「楽しそうですね。それなら、僕もぜひ……」
「素敵ですわ。私も………」
声が重なり、ブランシェットと顔を見合わせた。明るい気持ちがこみあげて、笑みが零れる。
「ふふ、約束ですわよ。あとで招待状を送らせていただきますわ」
何を持っていこうか、いつにしようかと話は膨らみ、気づけば陽射しが大分傾いていた。
人が増える前に退散しよう、と光希は席を立った。挨拶をして四阿を出ていこうとすると、
「あの……殿下、これを……」
控え目に呼び止められて、飾り紐を手渡された。よく見れば、薔薇の押し花がされた上品な栞だ。
かわいらしい贈り物に胸を暖かくしながら、光希はブランシェットに視線を戻した。少女は柔らかい青灰色の瞳を和ませて、蕩けてしまいそうな笑顔を浮かべた。
「薔薇園の花びらを使って、私が作りましたの」
「貰っていいのですか?」
「はい、ぜひ……」
「ありがとう……大切にします」
噛みしめるように応えると、少女は頬を染めてはにかんだ。無垢な反応に、光希は胸をときめかせた。 ルスタムの物いいたげな視線を無視して四阿を出ると、馬車へ向かう途中で、シェリーティアが一人で近づいてきた。 緊張しながら待っていると、勝気そうな美少女は笑みを湛えて優雅に膝を折った。
「ごきげんよう、殿下。お会いできて光栄に存じます」
「こんにちは……シェリーティア姫」
「お呼び止めして、申し訳ありません。近く公宮をお暇 させていただくことになり、ご挨拶に参りました。我等がシャイターンとの御婚礼を、心よりお喜び申し上げます」
「ありがとうございます……」
「失礼ながら、四阿では随分と仲睦 まじいご様子でいらっしゃいましたが、二心はございませんわよね?」
蒼氷色 の瞳がきらりと光る。光希が息を呑んで固まると、代わりにルスタムが窘めるように口を開いた。
「お控えください、シェリーティア姫。殿下の御前ですよ」
「不作法は承知の上にございます。公宮事情に明るくない殿下の御身を心配すればこそ、譴責 は覚悟の上で申し上げております」
「シェリーティア姫」
ルスタムの声が険を帯びる。前に出て遮ろうとするルスタムを、光希は片手で制した。シェリーティアは毅然と光希の瞳を見て、切り出した。
「西妃様は外見と違い、大変恐ろしい方です。ブランシェット姫も西妃様に逆らうことはできません。何も知らぬまま公宮を解散すれば、西妃様が最大勢力になります。不用意な接触には、お気をつけなさいませ」
忠告の意図が判らず、光希は首を捻った。遠回しに、公宮を解散するなといいたいのだろうか?
「西妃様と会話をしては、いけないのですか?」
「……? リビライラ様はアースレイヤ皇太子の西妃様なのですよ?」
不得要領に頷く光希を見て、今度はシェリーティアが訝しげに眉をひそめた。
「殿下は御存知ないのですか?」
「シェリーティア姫、このような場でお止めください。殿下には私からご説明させていただきます」
会話を遮るように、厳しい眼差しでルスタムは前に進み出た。
「……出過ぎた真似をいたしました」
気丈な少女は、ルスタムの譴責に怯みはしなかったが、態度を改め、深く頭を下げた。
可憐な美少女は、はにかんだようにほほえんだ。目の錯覚なのか、ブランシェットの周りだけきらきらと輝いて見える。
「ごきげんよう、ブランシェット。蒸風呂についてお話ししていたのよ。誰もいない早朝に、一人で入るのも気持ちが良いのよねぇ。ブランシェットも蒸風呂はお好きかしら?」
「はい……西妃様」
少女は、か細い声で頬を染めて頷いた。無言で茶を啜りながら、光希は内心で身悶えていた。
「では、今度皆で一緒にいきませんこと?」
とんでもない爆弾発言に、光希は飲んでいた茶を噴き出しかけた。隣を見れば、ブランシェットも真っ赤になって俯いている。
「僕はいきませんから、皆さんでどうぞ……」
「あら、それではつまらないわ。ブランシェットは、どんな所が好き?」
「私は……庭園や薔薇園、川べり、あとは図書室が……」
「ブランシェットらしいわ。本が好きですものねぇ」
納得したように、リビライラは頬に手を当てて頷いた。
「では今度、籠を持ってアール川へいきましょうよ。煌めく水面を眺めながら、のんびり過ごすのですわ。気分が晴れますわよ」
優美なアール川の情景を思い浮かべて、光希は心を和ませた。晴れた日に出かければ、さぞ気持ち良いだろう。
「楽しそうですね。それなら、僕もぜひ……」
「素敵ですわ。私も………」
声が重なり、ブランシェットと顔を見合わせた。明るい気持ちがこみあげて、笑みが零れる。
「ふふ、約束ですわよ。あとで招待状を送らせていただきますわ」
何を持っていこうか、いつにしようかと話は膨らみ、気づけば陽射しが大分傾いていた。
人が増える前に退散しよう、と光希は席を立った。挨拶をして四阿を出ていこうとすると、
「あの……殿下、これを……」
控え目に呼び止められて、飾り紐を手渡された。よく見れば、薔薇の押し花がされた上品な栞だ。
かわいらしい贈り物に胸を暖かくしながら、光希はブランシェットに視線を戻した。少女は柔らかい青灰色の瞳を和ませて、蕩けてしまいそうな笑顔を浮かべた。
「薔薇園の花びらを使って、私が作りましたの」
「貰っていいのですか?」
「はい、ぜひ……」
「ありがとう……大切にします」
噛みしめるように応えると、少女は頬を染めてはにかんだ。無垢な反応に、光希は胸をときめかせた。 ルスタムの物いいたげな視線を無視して四阿を出ると、馬車へ向かう途中で、シェリーティアが一人で近づいてきた。 緊張しながら待っていると、勝気そうな美少女は笑みを湛えて優雅に膝を折った。
「ごきげんよう、殿下。お会いできて光栄に存じます」
「こんにちは……シェリーティア姫」
「お呼び止めして、申し訳ありません。近く公宮をお
「ありがとうございます……」
「失礼ながら、四阿では随分と
「お控えください、シェリーティア姫。殿下の御前ですよ」
「不作法は承知の上にございます。公宮事情に明るくない殿下の御身を心配すればこそ、
「シェリーティア姫」
ルスタムの声が険を帯びる。前に出て遮ろうとするルスタムを、光希は片手で制した。シェリーティアは毅然と光希の瞳を見て、切り出した。
「西妃様は外見と違い、大変恐ろしい方です。ブランシェット姫も西妃様に逆らうことはできません。何も知らぬまま公宮を解散すれば、西妃様が最大勢力になります。不用意な接触には、お気をつけなさいませ」
忠告の意図が判らず、光希は首を捻った。遠回しに、公宮を解散するなといいたいのだろうか?
「西妃様と会話をしては、いけないのですか?」
「……? リビライラ様はアースレイヤ皇太子の西妃様なのですよ?」
不得要領に頷く光希を見て、今度はシェリーティアが訝しげに眉をひそめた。
「殿下は御存知ないのですか?」
「シェリーティア姫、このような場でお止めください。殿下には私からご説明させていただきます」
会話を遮るように、厳しい眼差しでルスタムは前に進み出た。
「……出過ぎた真似をいたしました」
気丈な少女は、ルスタムの譴責に怯みはしなかったが、態度を改め、深く頭を下げた。