アッサラーム夜想曲

第2部:シャイターンの花嫁 - 13 -

 蔓薔薇や藤の絡まる石柱の四阿あずまやは、風がよく入り、ひんやりと心地良かった。

「今、冷たいお飲み物をご用意いたしますわ」

 リビライラが指示を出すよりも早く、気の利いた召使が、冷たい果実水やよく冷えた果物の盛皿を運んできた。

「殿下、他の姫君を同席させてもよろしいでしょうか? こちらを羨ましそうに見ている娘達がおりますわ。私が殿下を独り占めしては恨まれてしまいそう」

「あ、はい。どうぞ」

「ありがとうございます」

 リビライラは手にした扇子を畳むと、こちらを見ている女達を手招いた。少し離れたところから、軽やかな歓声が上がる。
 煌びやかな格好をした女達が、はしゃぎながら駆け寄ってきた。
 可憐な美少女もいれば、豪奢な美女もいる。まるで世界の美女見本一だ。両手に花で目の保養だが、かしましい女達に取り囲まれると、少々萎縮してしまう。

「皆さん、殿下の御前で粗相は許しませんよ。殿下、煩くて申し訳ありません。我等が英雄の花嫁ロザインにお会いできて、皆舞い上がっているのですわ」

 微苦笑を浮かべるリビライラに、いやぁ、と光希は曖昧な笑みで応えた。

「順番に紹介いたしますわね。こちらは三年前に公宮に上がりました、シェリーティア・クワン、クワン家の末子ですわ」

 リビライラに紹介されて、シェリーティアは品良くお辞儀した。巻き毛の灰銀髪に、少し釣り目の美少女だ。光希と同じ年頃だろうか。目が合うと、強い蒼氷色アイス・ブルー の眼差しでじっと見つめてきた。敵意を感じるのは、気のせいだろうか?

「その隣は、パールメラですわ。ドゥルジャーンに養子縁組をして、三年前に公宮に上がりましたの。跳ねっかえりで、私も手を焼いていますのよ。困った姫君ですわ」

 困ったといいながら、リビライラは楽しそうにほほえんだ。光希も和んだ気持ちでパールメラに目を向ける。艶めいた美貌の少女だ。

「殿下、お会いできて大変光栄ですわ。パールメラ・ドゥルジャーンと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 パールメラは蠱惑的な笑みを浮かべると、光希に片目を瞑って見せた。
 そのように親愛に溢れた仕草をされたのは、ジュリアスの他では初めてのことだ。美少女に笑みかけられ、光希はどきまぎした。
 そのあとも会話の合間に姫君を紹介されて、十人を超える頃には、誰が誰だか判らなくなっていた。リビライラと、最初に紹介された数人しかもう覚えていない。
 一通り紹介を終えると、女達は思い思いに歓談を始めた。

「昨夜から宮殿では、盛大に祝賀会が開かれていますわ。私達公宮の女が出入りを許されるのも、シャイターンの花嫁がいらっしゃったおかげですわ」

「アッサラームの獅子達は、麗しい殿方ばかりで目の保養ですわね」

「アースレイヤ皇太子に、ルーンナイト様もお見えになっていたわ。二人並ぶお姿も大変に目の保養でしたわ!」

 きゃあきゃあと騒ぐ少女達を、呆れたようにパールメラは見据えた。

「眺めるばかりでは殿方のお心を射止めることはできないわ。美しく装っても、壁に咲いていては意味がないのよ。私はアースレイヤ様にお手を取っていただけましたもの」

 どこか自慢げにパールメラが茶々を入れると、浮かれていた姫達は不快そうに眉をひそめた。

「パールメラ様、皇太子とお呼びすべきだわ。それに女から手を差し伸べるだなんて……」

「あら、先日アースレイヤ様から室をたまわりましたもの。親しみをこめてお呼びしてはいけないかしら? 誤解なさらないでね。宴ではあの方からお手を取っていただいのよ」

 パールメラの強気な物言いに、女達の間にさざなみのように緊張が走る。
 事情を全く把握していない光希にも、彼女の態度が周囲の反感を買っていると判った。

「およしなさい、パールメラ。殿下の御前だといったでしょう? 和やかにお話しできないなら、摘み出してしまうわよ?」

 優しいリビライラがおっとり窘めると、ふわりと空気が和んだ。光希を含め、周囲の女達は安堵したように息を吐いた。

「まあ、申し訳ありません。西妃レイラン様。摘み出されるのは嫌でございます」

 パールメラも全く反省の色は見られないが、一応謝罪を口にした。親しみやすい反面、勝気な一面のある姫なのかもしれない。
 そのあとは明るく会話に花を咲かせたが、時折互いを牽制し合うような発言も零れた。度が過ぎなければリビライラも許容しているようで、美貌に微笑を浮かべながら女達の会話を見守っていた。
 そろそろ退席させてもらおうかと考えていると、四阿の向こうに佇む可憐な美少女と目が合った。
 見惚れていると、リビライラがその様子に気づいて少女に声をかけた。

「まあ珍しい。ブランシェットの方からきてくれるなんて。近くへいらっしゃい」

 名を呼ばれた少女は、緩やかに波打つ銀髪を揺らして、おずおずと四阿に入ってきた。長身の女達の中では小柄な方だ。光希と同じくらいの背丈かもしれない。

「殿下、彼女は四年前に公宮に上がった、ブランシェット・ピティーソワーズですわ。大変な才女ですのよ。大人しい子で、人が集まる場にはあまり姿を見せてくれませんの。殿下にご挨拶したかったのね?」

「はい……西妃様。殿下、お会いできて大変光栄に存じます……どうかブランシェットとお呼びください」

 小鳥のさえずりのような可憐な声に、思わず聞き惚れてしまった。なんてかわいいのだろう。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 声が上擦らないように、挨拶をするだけで精一杯だった。