アッサラーム夜想曲

第1部:あなたは私の運命 - 8 -

 日が暮れるまで、休憩しては泉に潜ったが、結局何も見つけられなかった。
 もしかしたら、時間も関係しているのかもしれない……例えば、夜にならないと異変は起きないのではないか?
 そうだとしても、暗くなるにつれて気温も下がっていく。
 昨日の凍える冷たさを思い出して、身体に震えが走った。もう二度と、あんな思いをするのはご免だ。今度こそ死ぬかもしれない。
 暮れなずみ――
 たなびく雲は黄金色に縁取られ、オアシスも、その向こうの砂漠も薔薇色に染め上げられた。
 息を呑むほど美しい光景なのに、人の気配が一切無くて、見ていると辛くなる。
 孤独過ぎる。

 どうして、こんなところに一人でいるのだろう……

 夜になり、気温はぐっと下がった。
 光希は厚手の布をしっかり身体に巻いて、一角獣に寄り添い、温もりを分けてもらっている。
 この優しい生き物がいてくれて、本当に助かった。火がないと、こんなにも寒いとは。夜の泉に潜るなんて、とても考えられない。
 また明日、陽が昇ったら泉を徹底的に調べてみよう。策が尽きていよいよとなったら、夜の泉に入るか考えよう。
 微睡んでいると、遠くから、力強く羽ばたく音が聴こえてきた。
 もしかしたら……ジュリアスが戻ってきてくれたのかもしれない。
 期待して落胆するのは嫌だから、気持ちに歯止めをかけて、じっと空を見つめた。
 間違いない。今朝と同じ竜だ。ジュリアスが戻ってきてくれた!  オアシスから少し離れたところに飛竜は着陸した。
 騎乗人がひらりと舞い降りる様子を見て、いてもたってもいられず、光希は裸足で駆け出した。鋭い茂みで足を痛めたが、はや心を抑えられない。

「ジュリ――ッ!」

「コーキ!」

 ジュリアスも駆け寄ってきた。手を広げて迎えてくれるので、光希は迷わず飛びこんだ。

「お帰りなさいっ!」

「コーキ、*******」

 孤独や不安は一瞬で吹き飛んだ。ジュリアスが戻ってきてくれたことが、心の底から嬉しかった。抱擁の強さは、ジュリアスの気持ちを伝えてくれる。彼もまた、光希との再会を喜んでいた。
 興奮が少し落ち着いたところで、二人は離れた。着くずれを直す光希を、青い瞳が静かに見下ろしている。

「戻ってきてくれたんだ」

「コーキ……」

 少し掠れた声に、思わず鼓動が跳ねた。見下ろす眼差しを、やけに熱っぽく感じるのは気のせいだろうか……?
 視線を逸らした光希の頬に、手が伸ばされた。ジュリアスは顔を傾けて、ゆっくり頬を寄せ――

(キスされそう?)

 目を丸くして、光希はジュリアスの唇を両手で押さえた。布がまたしても肩から落ちてしまったが、そんな思考はどこかへ飛んだ。

「ジュリ……?」

 ジュリアスは口を押さえる光希の手を取ると、掌に吸いつくようなキスをした。柔らかく濡れた感触に、ぞくりと震えが走る。

「何するんだよ!」

 思いきり手を振り払ったのに、ジュリアスは笑っている。蕩けそうな笑みを向けられて、光希は慌てて視線を逸らした。
 どうして、こんなことをするのだろう? 口説かれているように感じるのは、気のせいだろうか?

「俺、男だよ?」

 証拠を見せようと、光希はわざと前を肌蹴させた。昨日、裸を見られているはずだが、暗くてよく見えなかったのかもしれない。
 果たしてどういう意味なのか、ジュリアスはほほえんだ。ぎくしゃくと光希が前を隠すと、手を伸ばして再び顔を寄せてくる。

「だから、男なんだって!」

 避ける間もなく、ちゅっ、と鼻の頭にキスをされた。思考は完全に停止した。光希が固まっていると、今度は唇にキスをされた。

「ジュリッ?」

 彼が何を考えているのか、まるで判らない。強い眼差しから逃げるように、光希は無意識に後じさった。怯えを感じ取ったのか、ジュリアスは瞬きと共に視線を和らげた。

「****、************」

 何やら呟くと、背を向けてオアシスへと歩いていく。光希は恐る恐る、後に続いた。